2023-05-26

タラダケヤスデゴケ

 上はタラダケヤスデゴケ Frullania taradakensis のようです。 愛知県設楽町の標高1200m付近の樹幹についていました(2023.5.13.撮影)。 色は緑褐色~赤褐色、九州以北に分布し、樹幹または稀に岩上に育つヤスデゴケです。 和名と種小名は佐賀県の多良岳に由来します。
 今回もM氏に助けていただき同定したのですが、平凡社ではヤスデゴケ属は48種とされていて、似たものも多く、それぞれの種の変異の幅が分からない者にとっては、平凡社の図鑑だけでは、絶対に本種にたどり着けなかったと思います。 同定に至る経緯は最後に簡単にまとめましたが、今回の同定で最も重視したのは上村(1961)でした。


 上の2枚は腹面からの観察です。 ヤスデゴケとしては中形で、上村(1961)では葉を含めた茎の幅は 0.9~1.2mmとなっていますから、それより少し大形です。  腹片は大きく、背片の長さの1/3以上、茎の径の 1.5~2倍の幅があります。 腹葉は茎の径の4~5倍の幅があり、腹片のかなりの部分を覆っています。


 背片は卵形、全縁、円頭で、背片背縁基部は半円形に膨らんでいます(上の2枚の写真)。

 上は腹葉を取り去って腹片を撮っています。 腹片はヘルメット状で、嘴が発達しています。 湯澤(2001)では背片は幅よりやや長いとなっていますが、上村によると、上の写真のように、そうではない場合もあるようです。

 本種のスチルス(苔類の腹片の基部に見られる糸状のもの)は、湯澤では4~5細胞列、上村では3~4細胞列となっています。 上は茎頂に近い葉で撮った写真ですが、近くの他の葉でも、スチルスは8細胞列前後の長さがありました。 しかしこのような長いスチルスを持つ種をヤスデゴケ科の中で探しても、みつけることはできませんでした。

 腹葉は長さよりやや幅広く、先端は明瞭に2裂し、裂片は広三角形です(上の写真)。 上村も湯澤も 1/5まで2裂となっていますが、上の写真のように、それより浅い場合もあるようです。
 平凡社では、腹葉は基部で最大幅となっていて、たしかにそのような腹葉も多くあるようですが、今回採集したものの中には、そのような腹葉はみあたりませんでした。

 上は葉身細胞です。 細胞壁の中間肥厚はあるのですが、ヤスデゴケ科の中では少ない方だと思います。

 花被は西洋ナシ形で3褶、表面にいぼは無く平滑です(上の写真)。 なお、湯澤の図では、中央の褶が幅広くなっています。

 上は雌腹苞葉(左)と雌苞葉(右)です。 雌苞葉背片は長卵形で全縁、円頭、雌苞葉腹片は狭三角形で全縁です。 雌腹苞葉の縁には歯があります。

【 参考文献・参考図書 (重視した順に並べています) 】
 上村登:日本産ヤスデゴケ科モノグラフ.服部植物研究所報告第24号.1961.
 湯澤陽一:日本のヤスデゴケ属(ヤスデゴケ科,苔類)Ⅱ.自然環境科学研究 Vol.14,2001.
 福島県苔類誌.湯澤陽一自費出版.2017.
 日本の野生植物コケ.平凡社.2001.

(同定に至る経緯)
 採集品を手元にある平凡社の図鑑と福島県苔類誌で調べましたが、平凡社のヤスデゴケ属は検索表にあるのみの種も多く、福島県苔類誌は福島県で確認されたものですので、迷うばかり。 M氏に困っていることを伝え、湯澤(2001)を送っていただきました。 これと上記2冊を併せて調べると、可能性のあるのは次の3種のように思いました。
 ・オンタケヤスデゴケ F. schensiana(以下オンタケ)
 ・カゴシマヤスデゴケ F. kagosimensis(以下カゴシマ)
 ・タラダケヤスデゴケ F. taradakensis(以下タラダケ)
 しかし、どの種もぴったりとはあてはまりません。 オンタケは腹片の嘴が長くありませんし、スチルスは3細胞列で、腹葉は茎の3倍幅で、先端は1/4まで2裂となっています。 カゴシマの分布は宮城県以南の暖地の低山地ですし、腹葉の湾入部が広いはずです。 タラダケは上記のように、平凡社によると腹葉は基部が最も幅広いはずですし、湯澤の図では花被の中央の褶が幅広くなっていますし、特に私が気になったのは、腹片が幅より長さが長いことでした。
 そうこうしているうちに、M氏も並行して調べていただいたようで、タラダケだろうとの連絡をいただきました。 そこで上記の疑問を伝えたところ、追加資料ですと、上村(1961)を送っていただきました。 この図ではタラダケの花被の中央の褶の幅は狭くなっていますし、腹片にも腹葉にもかなりの変異があり、今回観察したような腹片や腹葉の図も描かれています。

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