2022-05-07

クマノゴケ


 クマノゴケ Diphyscium lorifolium が蒴をつけていました(2022.4.30.六甲山にて撮影)。 この蒴は夏までには腐ってなくなることが多く、ちょうど見頃だったようです。

 上は帽の外れかけている蒴(右)と帽が取れて蒴歯が見えている蒴(左)です。

 上は蒴歯の顕微鏡写真です。 蒴歯(内蒴歯)は膜状になっていて、クマノチョウジゴケの蒴歯とよく似ています。 本種はイクビゴケ科に、クマノチョウジゴケはキセルゴケ科に分類されていますが(最後にもう少し詳しく書いています)、両者の遠い類縁関係を窺い知ることができそうです(こちら)。


 上の2枚は帽の外れかけている蒴の上部と中央部の断面です。 蒴は二重の袋状のつくりになっていて、胞子は内側の袋に入っています(その中央には軸柱があります)。 内側の袋と外側の袋は細いヒモ状の組織でつながっていて、その間には空気に近い気体が入っています。 雨粒などで外側の袋が押されると、その力が袋と袋の間にある気体の中を伝わり、内部の袋を周囲から押すことになり、胞子は狭い口から勢いよく吹き出るのでしょう。

 上は内雌苞葉です。 1cm前後の長さのある普通葉(こちら)に比較して内雌苞葉は短く、葉身部は薄く透明、中肋は葉身部とほぼ同じくらいの長さに芒状に伸出し、葉身上部の縁には長い波曲する長毛が密生しています。

 蒴をつけている雌株に混じって、雄株もありました。 上がその雄株で、赤い楕円で囲った所に雄の生殖器官があります。 下はその部分の顕微鏡写真です。

 上の写真の◎印は★印にあったのですが、造精器がはっきり写るように苞葉を広げようとしているうちに離れてしまいました。
 内雄苞葉は長さ1~1.5mm、倒卵形で、先端は円鈍ないし中肋が短く突出しています。 葉縁には内雌苞葉に見られた波曲する長毛はありません。
 上の写真では明暗差が強すぎて細い側糸は確認できませんが・・・

 内雄苞葉をほとんど取り去り倍率を少し上げると側糸が見えてきます(上の写真)。 この側糸をさらに拡大すると・・・


 本種の側糸を構成している個々の細胞は、若い時期には球形の非常に薄い外膜に包まれています。 これらの細胞が生長し、長く伸長するにつれ、外膜も引き伸ばされて楕円形となり、ついには2つ(~3つ)に分断されます。 上の2枚の写真では、その分断された外膜が、側糸を構成する細胞の隔壁部に“襟”のような格好で付着しています。 このような特異な形態の側糸は、Diphyscium(クマノゴケ属)だけではなく、Diphyscium(イクビゴケ属)でも見られ、両者が近い関係にあることを示しています。

 平凡社の図鑑では本種もイクビゴケもクマノチョウジゴケも同じキセルゴケ科に分類されていますが、分子系統解析も踏まえたコケ植物系統樹ポスター(2021)では、「科」どころか、その上の「目」のさらに上の「亜綱」レベルで異なることになっています(本種やイクビゴケなとはイクビゴケ亜綱、クマノチョウジゴケなどはキセルゴケ亜綱)。
 本種やイクビゴケなどとクマノチョウジゴケは、初めの方に書いたように、蒴歯の様子などはとてもよく似ていて、何らかの類縁関係にはあるでしょう。 しかし、前者は特異な形態の側糸や、今回あまり詳しく触れなかった普通葉などを含め、配偶体は相当複雑に分化をとげているのに対し、後者の配偶体は全く退化していて、わずかに見られる側糸も外膜は無く、イクビゴケ科のものとは異なった形態であるとのことです。

【参考文献】
出口博則(1975)「クマノゴケの雄器及びそのイクビゴケ型側糸について」日本蘚苔類学会会報1(10).

こちらには胞子体をつけていないクマノゴケの生態写真を載せています。

 

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