2019-02-23

イクビゴケ


 イクビゴケ Diphyscium fulvifolium は、蒴(さく)が特徴的ですが、逆に蒴が無いと見逃してしまいやすいコケです。
 多くの蘚類の蒴(さく)は長い蒴柄の先についていますが、このイクビゴケの蒴は葉の間に埋もれるようについていて、長い蒴柄はみあたりません。 和名は、この様子を首が無いようにみえるイノシシの首(猪首)に由来します。(ほんとうはイノシシもキリンなどと同じ数の首の骨(=頚椎)を持っているのですが・・・。)
 イクビゴケの仲間(イクビゴケ属)は日本には5種ありますが、このように変った胞子体を持っていることなどから、イクビゴケ属のみでイクビゴケ科を構成しています。 平凡社の図鑑では、ウチワチョウジゴケクマノチョウジゴケなど一見胞子体のよく似たキセルゴケ属のコケとともにキセルゴケ科に分類されていますが、その後の研究で、キセルゴケ属とイクビゴケ属とはかなり異なっているとして、『新しい植物分類学Ⅱ』(講談社,2012)では、前者はキセルゴケ亜綱キセルゴケ目キセルゴケ科のままですが、イクビゴケの仲間はイクビゴケ亜綱イクビゴケ目イクビゴケ科に分離されています。
 蒴には基部から長い毛があるようにみえますが、じつはこれは蒴の周囲の葉の中肋です。 よく見ると、どの葉も中肋が少し飛び出ていますが、特に蒴の周囲の葉は短く、中肋だけが長く伸びています(詳しくはこちら)。


 蒴の周囲の葉では中肋だけが長く伸びていることは、上のような蒴がまだ生長していない株を見るとよく分かります。


 イクビゴケの属名 Diphyscium は「2つ」+「胃袋」という意味です。 胞子を出し終えたイクビゴケがあったので、水に浸したところ、蒴の中に水が入り、上の写真のように透けて蒴の内部が見えるようになりました。 「胃袋」はともかく、ちゃんと2重の袋になっているのがよく分かります。
 蒴の断面を作ろうとしたのですが、外の袋は意外に弾力性があって丈夫で、うまく切れませんでした。
 このイクビゴケの蒴のつくりは、以下のように胞子散布に役立っているのだと思います。 胞子は内側の袋に入っていて、内側の袋と外側の袋との間には気体が入っているのでしょう。 雨粒が当たるなどで、内部を保護する丈夫な外側の袋の1点に力が加わると、その力は袋と袋の間にある気体の中を広がり、内部の袋を周囲から押すことになり、胞子は狭い口から勢いよく吹き出て遠くにまで飛ばされるのでしょう。

◎ イクビゴケの蒴の蓋や蒴歯の様子はこちらに載せています。

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