陸上植物は、(量的には異なるものの、)同じ遺伝子を持ちながら、配偶体世代と胞子体世代という、形態の異なった2種類の世代を持っています。 この世代交代はどのように制御されているのか、ヒメツリガネゴケで世代交代の制御因子を発見された榊原恵子博士の本(下の写真)を図書館で借りて読みました。 なお、博士はヒメツリガネゴケという和名の名付け親でもあります。
この本は、研究結果として確立された内容だけでなく、研究者としての歩んだ道や、研究結果に至るまでの道筋が書かれていて、おもしろく読み終える事ができました。
この本に書かれている個々の世代交代制御因子の話は置くとして、大きなまとめとしては、動物は離れた系統でも共通の発生調節転写因子群を持ち、使い方を少し変化させて形の多様性を生み出しているのに対し、植物は遺伝子重複で少しずつ違った遺伝子を増やし、この遺伝子の有無が形の違いを反映しているように思われる、ということでした。
上記の本の初版は2016年2月ですが、2017年には同じ著者が、大阪府高槻市にある生命誌研究館発行の「生命誌ジャーナル」92号に、本の要約的な内容を書かれています(こちら)。
ここで注目したいのは、KNOX2遺伝子です。 コケの体は、配偶体世代(n世代)は枝分かれしますが、胞子体世代(2n世代)に枝分かれは見られません。 ところがKNOX2遺伝子を取り除いた受精卵からは、複相(2n)のままで枝分かれした単相(n)の表現型が出現します。 つまりコケの胞子体は枝分かれできないのではなく、枝分かれしないように抑制されているということになります。
現在の地球上で繁栄している陸上植物は、枝分かれして大きく育つ胞子体世代をもつ種子植物です。 種子植物と蘚苔類は(シダ植物なども併せて)、光合成色素などから、単系統つまり共通の祖先に由来することが分かっています。 この共通の祖先つまり初期の陸上植物の胞子体世代はどのような姿であったのか、従来は蘚苔類のような枝分かれしない単純な胞子体を持った植物が次第に枝分かれするようになったと考えられてきました。 しかしこの説の弱点として、蘚苔類の化石よりずっと古く、維管束は無いものの枝分かれをした前維管束植物の化石がたくさんみつかっていることでした。
しかし上記のように、蘚苔類は何らかの理由で枝分かれが抑制されているのだとすれば、陸上植物の祖先は枝分かれした前維管束植物であり、それが一方では枝分かれを抑制するように進化し蘚苔類となり、他方では維管束を発達させてシダ植物から種子植物へと進化してきたという仮説が成立します(2009年 9月10日 基礎生物学研究所プレスリリース)。