2025-05-29

イボヒシャクゴケ?

 上は京都市右京区の京北上弓削町で採集されたヒシャクゴケ科のコケです。 採集地付近はこのコケの群落が数多く点在しているようですが、種名は不明で、みんなで検討しようということになりました。 以下は、少し分けていただいたものを自宅で観察した記録です。

 分枝の様子を観察したところ、側面からの分枝ばかりのように思います(上の写真)。


 古い花被が少し残っていました(上の写真)。 花被は円筒形ではなく、扁平のようです。


 葉を含めた茎の幅は約 1.5㎜です。 葉は円頭~鈍頭で、中部で鎌状に曲がっています。 葉の基部は長く下延しています。

 葉は腹縁下部を中心に所々に歯があり、ビッタは認められませんでした(上の写真)。 背片は腹片の約1/2の長さです。 キールは明瞭ですが、翼はありません。

 上は葉身細胞です。 写真の左上に少しいぼ状ベルカが写っていますが、焦点を少しずらすと下のようになります。

 葉身細胞の表面には著しいいぼ状ベルカがあり、これに焦点を合わせると(上の写真)、細胞の形が全く分からなくなります。

 上は腹片の断面です。 いぼ状ベルカは背腹両面にあります。 なお、背片の断面も同様でした。

 上は無性芽です。 無性芽にはパピラがあり、赤い矢印の無性芽が比較的よく分かりますが、2細胞からなっています。

 以上の観察結果から、平凡社の図鑑で同定を試みました。 分枝の様子や葉の中部で曲がるなどの葉形からは Diplophyllum(シロコオイゴケ属)のようですし、花被からは Scapania(ヒシャクゴケ属)のようでもあります。 しかしシロコオイゴケ属の種を順に検討しても、よく一致する種は無さそうです。
 ヒシャクゴケ属の検索表をたどります。 キールは明瞭、葉腋に毛葉無し、長毛状の歯は無し、キールに翼は無し、腹片の腹縁基部は長く下延、とたどっていくと、著しいいぼ状ベルカがあるイボヒシャクゴケ Scapania verrucosa にたどりつきました。 しかし産地は埼玉県秩父となっていますし、種別の解説もありません。
 「イボヒシャクゴケ」で検索すると、狩野・佐治(2016)がありました。 読むと、特徴はほぼ一致しているようです。 これによると、平凡社以降、長野県大鹿村と徳島県阿南市で確認されており、もし今回のコケが本種だとすれば、日本での4番目の確認ということになります。
 学名でも検索しました。 YU.S. MAMONTOV & A.D. POTEMKIN (2013) には詳細な図が載せられていて、無性芽を除けば大きな相違点は無いように思います。 この図の無性芽は、2細胞性ですがパピラがありません。 しかし、Choi, Bakalin & Sun(2012)の無性芽を集めた写真を見ると、Scapania verrucosa のものとして、パピラの無い無性芽とパピラのある無性芽の両方が載っています。

 Scapania verrucosa とするには、類似種との比較など、もう少し詳細な検討が必要ですので、ここでは「?」付きで載せておきます。

【 文献 】
狩野登之助・佐治まゆみ:イボヒシャクゴケは徳島県にも産す.蘚苔類研究11(7).2016.
YU.S. MAMONTOV & A.D. POTEMKIN:Scapania verrucosa Heeg (Scapaniaceae, Marchantiophyta) in Russia. Arctoa (2013) 22:145-149.
Choi, Bakalin & Sun:Scapania and Macrodiplophyllum in the russian Far East.Botanica Pacifica. A journal of plant science and conservation. 1, 31–95.2012.

------(以下、5月31日追記)-------------------------------

 上の記事はいただいたコケを観察して書きましたが、私も同じ地域で4月5日と4月19日にコケ観察を行っていて、上に似たコケを4カ所で採集し、いずれもマルバコオイゴケとしていました。 今日観察しなおしたところ、4採集品とも上と同種の可能性が高いことが分かりました。 そのうちの1つは4月30日にマルバコオイゴケとして記事にしていましたので、写真を追加し、記事も書き改めました(こちら)。

 

2025-05-26

フジウロコゴケ


 写真はフジウロコゴケ Chiloscyphus polyanthus でしょう。 堰堤上部の水飛沫のかかる所に育っていました。 和名は富士山に由来しているようですが、低地から亜高山帯の、水際や水深の浅い水中などに分布しています。

 葉は斜めについて広く開出し、全縁で、葉先は円頭~やや凹頭です。

 腹葉は茎径の1/2ほどの幅で小さく(上の写真)、肉眼ではほとんど見えません。 今回のケースでは、多くの腹葉はその基部から出る短い仮根や仮根にくっつく土などに隠されていて、やっと腹葉全体が見えたのが上の写真です。


 葉身細胞は長さ 20~30μm、薄壁でトリゴンは無く、油体は微粒の集合です。

(2025.5.14. 大阪府豊能町 初谷渓谷)

◎ フジウロコゴケはこちらこちらにも載せています。

2025-05-24

ノミハニワゴケ

 写真はノミハニワゴケ Haplocladium angustifolium でしょう。 伐採木上にありました。 蒴は傾くか水平になっています。

 乾いた状態では葉は枝に密着し、その時の葉を含めた枝の幅は 0.3~0.5㎜です。 雌苞葉は1~1.5㎜の長さがあります。
 株全体の元気がなく、以下は枝と枝葉についての観察です。

 湿ると上のように葉が開きます。

 枝葉は広卵形の基部から急に細く長く尖り、鋭尖部はほぼ中肋のみになっています(上の写真)。

 上は枝に付いたままの状態で、枝葉の背面を撮っています。 葉身細胞の上端にパピラがあります。
 下は同じ枝に付いている葉の腹面を撮っています。

 葉身細胞の腹面では、かすかなパピラが所々に見られるだけです。

 上は葉身細胞(腹面)です。

 上は蒴歯を蒴の内側から撮っています。 あちこちにある円いものは胞子です。

 上は蒴歯を蒴の外側から撮っています。

 上は口環です。

 上は胞子です。

(2025.5.14. 大阪府豊能町 初谷渓谷)

◎ ノミハニワゴケはさまざまな基物上に生育でき(こちら)、変異にも富むコケです。 こちらには胞子体が伸び始めた1月の様子を、こちらには上より少し進んだ5月下旬の様子を載せています。

2025-05-20

マツタケジャゴケの精子の噴出

 日本産のジャゴケ属(Conocephalum)は4種からなりますが(こちら)、従来はジャゴケ1種と思われていたように互いによく似ています。 いずれも雌雄異株で、雌株は高く伸びる雌器托をつくり、雄株は小判型の雄器托をつくり、そこから精子を空中に噴出させます。
 マツタケジャゴケ Conocephalum toyotae は上記ジャゴケ属4種のうちの1種ですが、このマツタケジャゴケのの精子噴出の様子を道盛正樹氏が動画に記録されましたので、許可を得て下に載せます。
 撮影は、栽培されているマツタケジャゴケを用い、2025年の5月中旬に行われました。 庭で撮影されており、噴出した精子が風に乗って飛散する様子が捉えられています。 動画は約2分で、終了近くに映っているアリの動きからも分かるように、撮影の速度は通常です。

こちらにはマツタケジャゴケの体のつくりや若い雌器托の様子などを載せています。

2025-05-16

ミヤマハイゴケ

 写真はミヤマハイゴケ Eurohypnum leptothallum です。 岩上にありました。 乾くと上のように葉が茎に接し、その時の枝は葉を含めて幅 0.5~1㎜です。
 生育している様子や乾湿による変化はこちらにありますので、今回は省きます。

 上は枝葉で、長さ約1㎜、卵形で凹み、先が急に細くなって鋭頭でときに多少曲がります。 葉縁上部には細かい歯があります。 中肋は2本で短く、不明な場合もあります。

 上は翼部です。 小形で方形の細胞が葉縁から中肋方向に8~12列、葉縁で20~30個が並びます。

 上は葉身細胞です。

 上は右が葉先方向です。 倍率を上げ、焦点の合う深度を浅くすると、細胞上端の小さなパピラの存在が確認できました。

 上の写真では少し短いですが、偽毛葉は糸状です。

 上は茎の断面で、表皮細胞は小さく厚壁です。

(2025.5.1. 京都市下京区)

2025-05-15

コバノヤバネゴケ

 コバノヤバネゴケ Cephaloziella microphylla が胞子体をつけていました。 既に胞子を散布し終えた蒴もありますが、多くは花被に包まれています。
 花被は短腹枝に頂生しているのですが、短腹枝は既に褐色になっていて、茎との関係は上の写真からは分かりません。

 上の写真の赤い楕円で囲った所が採集した跡で、緑色をしている所はハミズゴケの原糸体です。 本種はこのように、しばしばハミズゴケの原糸体と混生します。 両者の間にはどのような関係があるのか、興味あるところです。

 小さな苔類で、葉を含めた茎の幅は 0.1~0.2㎜です。 葉は横につき、斜めに開出して 1/2~1/3まで2裂しています。

 上は葉を横から見てます。 葉の背面には単細胞からなる円錐状の突起が散在しています。 茎の表面は平滑です。 上の写真には無性芽も写っています。

 無性芽は楕円形です(上の写真)。

 上は、中央にゴミが入ってしまいましたが、葉です。 裂片は三角形で鋭尖、縁は微鋸歯状です。

 葉身細胞は大きさが不揃いで厚壁、トリゴンは不明瞭です(上の写真)。

 上は胞子体が外れた後に残った花被です。 花被の口部は広く、切頭で、微歯があります。

 上は胞子と弾糸です。 意図せずにですが、結果的に開裂していない蒴をカバーグラスで押しつぶしたことになり、多くの胞子が弾糸にくっついたままになっています。

(2025.5.14. 大阪府豊能町 初谷渓谷)

◎ コバノヤバネゴケはこちらにも載せています。

2025-05-13

イボイボムクムクゴケ

 写真はイボイボムクムクゴケ Trichocolea japonica でしょう。 5月9日~11日に開催された「苔類だけのコケ展」の会場で分けていただきました。
 日本に分布する Trichocolea(ムクムクゴケ属)は、平凡社では1種しか載せられていませんが、現在では5種の分布が知られています。 そのうちの1種である本種は、日本固有種で、本州中部地域にのみ知られています。 ちなみに他の4種の日本における分布は、片桐ら(2013)と片桐(2016)によると、次のようになります。
 ・ ムクムクゴケ T. tomentella ・・・ 全国に広く分布
 ・ ハネムクムクゴケ T. pluma ・・・ 南方系で、関東地方以南に広く分布
 ・ コムクムクゴケ T. rudimentaris
   ・・・ 小型で壊れやすい葉をもつ。 南方系で、日本では西表島に分布
 ・ イリオモテムクムクゴケ T. iriomotensis
   ・・・ 油体に複数の眼点をもつ。 西表島に分布



 いただいた時点で油体は消失していましたが、油体に眼状斑は無いとのことです。 その他、2~3回羽状に分枝する様子や、細裂し長毛状になった葉の細胞が薄壁であることなどは、ムクムクゴケに似ています。 しかし、長毛状になった葉の細胞表面が、上の写真のように強く乳頭状・いぼ状になっていることが本種の大きな特徴で。顕微鏡で観察すればムクムクゴケとは容易に区別することができます。

2025-05-08

ホソベリミズゴケ

 写真はホソべリミズゴケ Sphagnum junghuhnianum subsp. pseudomolle(別名コバノホソベリミズゴケ)でしょう。 枝葉の上部はやや反曲しています。
 ミズゴケ類は北方系が多いのですが、本種の分布は本州~九州で、北海道には分布しません。 懸崖性のミズゴケで、上も水の染み出る岩の斜面で育っていました。

 平凡社の図鑑のミズゴケ科の検索表は、茎や枝の表皮細胞の様子から始まります。 上は本種の茎の表皮(メチレンブルーで染色)で、細胞壁が肥厚した模様も孔も見られません。

 上は茎の横断面で、表皮細胞は3層です。 横断面で見ても表皮細胞には何の模様もありません。

 上は枝葉です。 葉縁は少し波打っています。

 上は枝葉の横断面です。 葉緑細胞は三角形で、底面は腹側にあります。

 上は枝葉の中央部の腹面、下は枝葉中央部の背面です。 どちらも透明細胞の表面に焦点を合わせています。 腹面と背面で透明細胞の模様は異なります。

 背面から透明細胞の表面に焦点を合わせると、葉緑細胞は奥に位置するため、焦点が合いません。

 上は茎葉で、左側に少し茎の表皮がくっついてきています。 茎葉は二等辺三角形で、葉先は狭い切形で鋸歯があり、舷は基部でもほとんど広がっていません。

(2025.4.19. 京都市右京区京北上弓削町)

◎ ホソベリミズゴケはこちらにも載せています。