2019-07-30

シダレヤスデゴケのスチルス


 上はシダレヤスデゴケ Frullania monilliata を腹面から反射光で撮ったものです。 と言っても、上の写真を見て、背片の先端が鋭尖であることや、腹片や腹葉の様子から種名を言い当てる事ができる人は、いろんなコケを見慣れている人でしょう。


 上は顕微鏡を使って(=透過光で)撮ったもので、眼点細胞の存在が確認されれば、種名は容易に分かるでしょう(こちら)。

 苔類の葉の腹片の基部には、スチルスまたは柱状細胞と呼ばれる糸状のものがついていることがあり、その形態を同定に使ったりもされています。 これまでにナガシタバヨウジョウゴケシゲリゴケなど、シゲリゴケ科のスチルスをこのブログにも載せてきました。
 じつはヤスデゴケ科のコケにも腹片の腹縁基部にスチルスがあります。 下がシダレヤスデゴケのスチルスです。


(写真のシダレヤスデゴケは 2019.6.12.に神戸市北区の道場で採集したものです。)

(スチルスについてのメモ)
 スチルス(stylus:英語的にはスタイラス)は、ギリシア語で柱を意味する stulos が語源で(Wikipedia)、英和辞典で調べると、(レコードプレーヤーの)針や、ろう版に字を書く尖筆(せんぴつ)などが出てきます。 現代では、先の尖った棒状の筆記具の意味から発展し、電子機器のポインティングデバイスの名称としても使われています。
 CSSメタ言語の一つに「Stylus」がありますが、これも言語としての鋭さと柔軟性の意味を含めているのでしょうか。

2019-07-27

ナメリチョウチンゴケいろいろ


 上はナメリチョウチンゴケ Mnium lycopodioides ですが、今回は上の写真から、ナメリチョウチンゴケの
  (1) 古いコケと新しいコケの変水性の違い
  (2) 古くなった葉の色の変化
  (3) さまざまな葉形
 について、気づいたことや思ったことを書いてみたいと思います。

(1) 古いコケと新しいコケの変水性の違い
 多くのコケは乾くと休眠状態に入り、水を得ると素早く回復する性質を持っています。 水の有無により生命活動の状態を変化させるこの性質を変水性と呼んでいますが、休眠時に葉が縮れたり巻いたりする種類も多くあり、ナメリチョウチンゴケもそのうちの一種です。
 上は、よく乾いて葉の巻いた状態の①と②に同時に水を与えて2~3分後に撮った写真です。 葉の色から分かるように、①の方が若いのですが、回復が遅れています。 同様のことは、ほかのコケでも度々経験しています。
 なぜこのようなことが起こるのでしょうか。 若い葉では細胞壁がまだ軟らかく、復元力が弱いのでしょうか。 若い葉の細胞の方が吸水力が弱いのでしょうか。 それとも・・・

(2) 古くなった葉の色の変化
 1枚目の写真で、①より②の葉が、また②でも上より下の葉が赤くなっています。 つまり古い葉ほど赤くなっています。 下は1枚目の写真のa付近の葉です。


 上の写真を見ると、細胞壁を中心に赤くなっています。 種子植物の紅葉は細胞質内の液胞にアントシアンが蓄積されることによりますから、これとは別のしくみが働いているのでしょう。
 コケ植物の細胞壁は全透性ですから、水溶性の色素が入り込むことは不思議ではないのですが、赤く染めている色素は何なのか、生態的にはどのような意味を持つのか、ネットで調べたのですが、答は見つけられませんでした。

(3) さまざまな葉形

 上の写真のaにある葉とbにある葉では、葉形はずいぶん違います。 bのところの葉も顕微鏡で拡大して比較してみました。


 上は2枚目の写真とほぼ同じ倍率で撮影していますが、葉の幅は狭く、長さは長くなって1枚の写真に入りきりません。 葉身細胞の大きさも違うようですし、aの葉には歯が見られませんが、bの葉にはたくさんの歯が並んでいます。 同じ茎についている葉でも、このように異なります。


 上はb付近の葉の歯を拡大した写真で、歯は双歯です。

(観察したコケは、2019.6.12.に神戸市北区の道場で採集したものです。)

◎ ナメリチョウチンゴケはこちらに載せています。

2019-07-20

無性芽をつけたノコギリコオイゴケ


 ノコギリコオイゴケとトサホラゴケモドキの混じった群落がありました(上の写真)。 このノコギリコオイゴケ Diplophyllum serrulatum を拡大すると・・・


 下は上の赤い四角で囲った部分の拡大です。


 茎の先に近い所の葉に無性芽をつけています。


 無性芽は腹片の縁にも背片の縁にもできています。 上は背片の縁にできた無性芽です。 ノコギリコオイゴケの無性芽は1~2細胞です。 まるで細胞壁から抜け出した細胞質が無性芽に変化していくように見えます。

(2019.7.8. 和歌山県側の岩湧山麓)

◎ ノコギリコオイゴケの葉の様子はこちらに、胞子体の様子はこちらに載せています。


2019-07-19

ススキゴケ?


 上は構図的なおもしろさを狙って撮っていた写真です。 奥に写っているのはススキゴケ Dicranella heteromalla だと思って撮っていたのですが、確認のため、持ち帰って調べてみました。


 葉の長さは4~5mmほどあります。 平凡社の図鑑では葉の長さは2.5mmとなっていますから、倍ほどの長さがあります。
 このような長さの葉を持つものに、同じ属のホウライオバナゴケがあります。 蒴があれば、ススキゴケの蒴が傾く(こちら)のに対し、ホウライ-の蒴は直立ですので、すぐ分かるのですが、蒴はついていませんでした。


 葉先は尖っています。 芒状部は大部分が中肋ですが、中肋のみにはなっていません。


 葉の基部での中肋の幅は葉の幅の1/3ほどで、葉先に向かうにつれて、中肋が葉の大部分を占めるようになります。 葉の基部の細胞は細長くなっていますが、翼部の分化は見られません。 これらはススキゴケの葉の特徴によく合います。
 ホウライオバナゴケの葉もススキゴケの葉によく似ているのですが、鞘部から芒状への移行部は肩状になるようです。


 上は葉の断面です。 平凡社の図鑑のススキゴケの図とは、切断した位置が違うので印象は異なりますが、細胞の配列の様子はほぼ一致しています。

ススキゴケ属は日本に約20種あるとされ、際立った特徴が少なく、分類は難しいとされています。 上のコケも、現段階では「?」付きでススキゴケとしておきます。

(2019.7.8. 和歌山県側の岩湧山麓)

2019-07-18

モエギコミミゴケ


 マメヅタの葉を覆うように育っていたコケ、クサリゴケ科だろうとは思いましたが・・・


 上は拡大して撮った写真ですが、aの葉は先が尖っていますし、bの葉は円形に近い形をしています。 2種が混じっている可能性も考え、ほぐして調べてみましたが、どうやら同種のようです。


 上は腹面からで、腹葉の形もいろいろのようです。


 腹片の歯牙は1細胞からなっています。 上の写真の腹葉の裂片は、そんなに開いていませんが、150°ほども開いた腹葉もありました。 腹葉の側縁は特に角張っているようにも見えないのですが・・・


 上は葉身細胞です。 細胞表面より少し上にピントが合っている所では、ベルカ(微小突起)が小さな黒や白の点として写っています。

 以上の観察結果を基に平凡社の図鑑で名前を調べようとしたのですが、なかなかぴったりあてはまる種に出会えません。
 クサリゴケ科の種類はたいへん多く、平凡社の図鑑でも、検索表のみで種別の解説の無いものがたくさんあり、ここでギブアップ。 M氏に同定を依頼しました。
 M氏もだいぶ悩まれたようですが、たぶんモエギコミミゴケ Lejeunea pallide-virens ではないかということでした。 最終判断の根拠になったのは、最後の写真にあるベルカの存在です。 クサリゴケ科でベルカが認められる種は限られているようです。
 図鑑には種の特徴がいろいろ書かれていますが、同定のキーになる特徴も、その他の特徴も同列に書かれています。 図鑑というものの性格上、しかたのないことですが・・・。

(2019.7.8. 和歌山県側の岩湧山麓)

◎ モエギコミミゴケはこちらにも載せています。

2019-07-16

サワクサリゴケ


 上はサワクサリゴケ Lejeuea aquatica でしょう。 背片は 0.8~1mmで、円頭~鈍頭です。


 上の緑色の部分がサワクサリゴケで、ピッタリと岩にへばりついています。 写真ではよく分かりませんが、水がサワクサリゴケの上を勢いよく流れています。


 サワクサリゴケは幾重にも重なって育っていましたので、それを剥がして白い皿の上に広げておき、観察するために皿から取り出そうとすると、上の写真のように、あちこち皿にへばりついたままになってしまいました。 かなりの粘液を出しているようで、岩にもこの粘液でくっついているのでしょう。


 上は腹面からで、円い腹葉が並んでいます。 幅は茎の3倍ほどあります。 腹葉は2裂しているのですが、上の写真の倍率では、被写界深度が深すぎて、茎と重なり、よく分かりません。


 上が腹葉です。 できるだけゴミの少ない所を狙って撮っていますが、あちこちゴミがくっついているのは仕方ありません。


 仮根は腹葉の基部から出て茎頂方向に放射状に伸びています(上の写真)。



 腹片はとても小さくなっています(上の2枚の写真)。


 上は葉身細胞です。

(2019.7.8. 和歌山県側の岩湧山麓)

◎ サワクサリゴケはこちらにも載せています。

2019-07-14

オオモンキゴミムシダマシ




 ツガルサルノコシカケにいたオオモンキゴミムシダマシ Diaperis niponensis です。 2頭が寄り添っていたのですが、カメラを向けると、1頭はさっさと逃げ出していきました。


 甲虫の触角の様子は、仲間を見分けるのに役立ちます。

(2019.7.8. 大阪府河内長野市 岩湧山)

2019-07-11

無性芽をつけたツクシハリガネゴケ


 上はツクシハリガネゴケ Bryum billardieri です。 葉は茎の上部に集まり、傘状についています。
 セメント壁の上で、仮根の隙間に厚く枯葉などを取り込み、こんもりと盛り上がっていました。


 黒っぽい糸状の無性芽を葉腋にたくさんつけているものも、あちこちに見られました(上の写真)。


 側面から見ると、茎の下部にはたくさんの仮根をつけています。


 乾くと葉を閉じます(上の写真)。

(2019.7.8. 和歌山県側の岩湧山麓)

◎ ツクシハリガネゴケの葉や葉身細胞の様子などはこちらに載せています。

2019-07-04

コガネハイゴケの蒴




 コガネハイゴケ Campyliadelphus chrysophyllus が胞子体をつけていました。 葉や偽毛葉の様子などは前に載せていますので(こちら)、今回は蒴を観察しました。


 上は蒴歯です。 平凡社の図鑑では、ヤナギゴケ科の蒴の特徴を、次のように解説しています。
「蒴柄は長く,蒴は傾いて非相称。蒴歯は2列で完全。一般に外蒴歯の上部にパピラ,下部に横条がある。内蒴歯の歯突起は高い基礎膜の上にあり,外蒴歯とほぼ同長,歯突起の間には関節のある間毛がある。」
 これを上の写真にあてはめると、次のようになるのでしょう。
  a:外蒴歯の上部(よく見ると、パピラがたくさんある)
  b:横条のある外蒴歯下部
  c:基礎膜
  d:内蒴歯の歯突起
  e:関節のある間毛

(2019.6.12. 神戸市北区 道場)

2019-07-01

コケの図鑑を出版しました

 コケの持つ魅力を伝えることと、図鑑としての名前の調べやすさの両立を狙ったコケ図鑑を作成しました。

https://www.amazon.co.jp/dp/4767826446/ref=

 上は本の表紙のカバーです。 2019年7月14日から一般の書店でも販売されていますが、上の写真はアマゾンにリンクさせています(写真をクリックするとアマゾンに行きます)。

この図鑑は、
 ① 身近によく見られるコケを中心に、
 ② 親しみ易く見て楽しめ、
 ③ 内容的にはある程度深いところまでしっかりと書かれていることをめざして作成しました。

以下、もう少し詳しく書きます。
 コケに関心を持つ人を対象とした観察会では、「コケはみんな同じに見える」という声をよく聞きます。 コケは小さな植物ですから、それぞれのコケの目だった特徴を写真で載せるには、各部のマクロ撮影や、場合によっては顕微鏡写真が必要になります。 また、それらの写真を楽しんでもらおうとすると、ある程度大きな写真が必要です。
 またコケは時期や乾湿などで姿を変えます。 つまり1種類のコケの特徴を伝えようとすると、たくさんの写真が必要になります。 しかし、多くのコケでこれらの写真を載せると、とても重く、価格的にも手頃な本ではなくなってしまいます。 またたくさんの種類のコケを載せると、調べるコケにたどりつくのに時間がかかってしまいます。
 そこで本書は“身近なコケの代表”として 54種類を選び、さまざまな特徴とともに、コケ植物の特徴も“感じ取って”もらえるように大きな写真を使いました。そして、これらのコケと分類的に近いコケや、生育環境や形態の似ているコケを「仲間のコケ/似ているコケ」として、合計で 158種のコケを載せました。

こちらにはこの図鑑の特徴や作成の工夫などを、もう少し詳しく書いています。