2021-07-31

7月上旬のユリミゴケ

 

 上はユリミゴケ Tetraplodon angustatus です。 2021.7.8.に秋田駒ケ岳で撮りました。 蒴の美しい姿は見られませんが、この時期ならではの造卵器と造精器が確認できました(下の写真)。

 茎の上部につく葉は長く、4mmほどあります。 茎の下部は密に仮根に覆われていて、上の写真の左半分は仮根がとても密に絡み合っていて、そこに土の粒子が入り込んでいる状態です。
 本種は腐った動物の死体や糞の上に生えるのですが、そのようなものは全く無く、においもありません。 蒴もにおいを出してハエを呼び、胞子を運ばせるのですが、この時期の蒴もにおいはありません。
 造精器と造卵器については後に書きます。

 上は胞子体をつけている茎です。 茎は完全に緑色を失い、もろくなっていて、仮根が絡み合っている茎の下部は切れてしまって取り出せませんでした。 この茎はこのまま枯れていくのでしょう。
 蒴は胞子が入っている壺よりも、頸部がとても長くなっています。 胞子を散布している蒴では、頸部からハエを呼び寄せるにおいを出すのですが、このにおいは頸部で合成されるのだと思います。 つまり頸部では活発な化学反応が必要となり、そのために・・・

 上は蒴の頸部の表面ですが、たくさんの気孔があります。


 2枚目の写真のように、この時期の造精器のある場所は、外から見ても分かります。 上は造精器を保護している手前の葉を取り除いて撮った写真で、たくさんの造精器と側糸が並んでいます。

 上は造精器を覆っていた葉です。 造精器を紫外線から守るためでしょうか、造精器に接していた所にはカロテノイド系と思われる色素があります。
 この葉は他の葉に比較すると、幅はあまり変わらず、長さが少し短めです。 また歯はあまり目立ちませんが・・・

 長い葉には、上縁の上半部に不規則ながら明瞭な歯があります(上の写真)。 なお、どの葉も葉先は漸尖しています。

 本種は雌雄同株です。 上は少し乾いてきていますが、茎の上部の拡大で、①は上で見た造精器のある所です。 そして②と③が造卵器のある所です。 ③は葉を取り除いて造卵器が見えるようにしてあります。 ここをもう少し丁寧に葉を取り除き、拡大したのが下の写真です。


 気泡がたくさん入ってしまいましたが、上では3個の造卵器がありました。 いくつか調べてみたところでは、3~5個の造卵器が集まっている場合が多いようです。

こちらには胞子を出しているユリミゴケを載せています。

 

2021-07-30

トサカゴケ(胞子体と関連器官を中心に)

 

 いろいろなコケに混じってトサカゴケ Chiloscyphus profundus がありました。 あちこちに蒴も見えます。

 育っていたのは秋田県・乳頭温泉郷のスギの根元の樹皮上で(上の写真)、スギは雪のために根曲りになっています。 幹の根元の樹皮は、水分をたっぷり含み、朽木のような手触りになっていました。

 上は腹面から撮っています。 ゴミが多くて分かりにくくなっていますが、腹葉は大きく2裂して側歯も発達しています。

 上は葉身細胞です。 トリゴンは小さく、楕円体で小粒よりなる油体があちこちにあります。

 植物体についてはこちらにも載せていますので、観察を胞子体関係に移します。

 上の写真では胞子体はまだ花被の中で保護された状態で、花被の壁をとおして黒く見えています。 花被は三角柱形で、口部は広く、鋸歯状となっています。
 本種は雌雄同株で、平凡社の図鑑では「雄苞葉は花被の直下につき,背縁基部に裂片状の返しがある。」と書かれています。 雄苞葉や裂片状の返しと思われる所を上の写真に書き込んでみました。 なお、雄苞葉の内側には造精器が作られるはずですが、胞子体がこのように育っている時期では遅すぎるようで、確認できませんでした。
 上の写真では裂片状の返しをはっきり撮りたくて、少し強引に横向きにしたため、背面と腹面の関係が分かりにくくなっています。 裂片状の返しが雄苞葉の背縁基部にあることを確認したく、胞子体が成熟したもので撮り直したのが下です。

 背面からだと裂片状の返しの存在は見分けにくくなりますが、背面にあることは分かります。 胞子体が成熟して配偶体は白っぽくなってしまっています。
 花被は茎(か長い枝)に頂生しています。 上の写真では蒴が花被から少し出ていますが、この蒴を調べたところ、胞子を出し終えていました。 蒴は花被から外にあまり伸び出さないようです。

こちらには飼育条件下で蒴柄が長く伸びた本種を載せています。 蒴柄の長さは条件次第でかなり変化するようです。

 上も胞子を出し終えている蒴ですが、蒴を横から見ると楕円体です。

 上は胞子を出している蒴を上から撮っています。 蒴は4裂しています。

 上は胞子と弾糸です。

2021-07-29

ミタケスゲ、ワタスゲ、タカネクロスゲ

 7月に見た高地性の“スゲ”3種です。

 ● ミタケスゲ

 ミタケスゲ Carex dolichocarpa は寒冷地の湿地に生えるスゲです。 上は秋田県の標高 1,100mほどの湿原で、2021.7.9.に撮影しました。

 スゲ属は雄花と雌花が別になっていて、雌花は、メシベが果包(かほう)という袋に包まれているのが特徴ですが、本種はこの果胞がとても長く、鋭く尖っているのが特徴です。 上の写真では受粉のため、メシベが果胞から伸び出しています。

● ワタスゲ

 上はワタスゲ Eriophorum vaginatum です。 北海道から中部地方以北の高山帯から亜高山帯の高層湿原に分布します。 上は秋田県の標高 1,100mほどの高層湿原で、2021.7.9.に撮影しました。
 本種は和名に「スゲ」とついていますが、スゲ属(Carex)ではありません。 スゲ属の花は風媒花として虫を呼ぶ必要が無いため、花被片(花弁やガク片)は完全に退化消失しています。 しかし本種には、退化して開花時には目立たないものの、花被片があります。 この花被片は、果実が成熟する頃には長く伸び出して綿毛となり、タンポポ同様、種子散布に役立ちます。 上の写真は雨の後で、綿毛が濡れてフワフワの状態ではないのが残念です。

● タカネクロスゲ

 タカネクロスゲ Scirpus maximowiczii は高山の湿地に生える多年草で、環境省の絶滅危惧Ⅱ類に指定されています。 上は 2021.7.16.に長野県の八方池近く(標高約 2,100m)で撮りました。

 本種もスゲ属(Carex)ではなく、ホタルイカンガレイなどと同じホタルイ属(Scirpus)で、もちろん果胞は無く、黒っぽい苞の上にたくさんの小穂をつけます。
 風媒花ですので虫を呼ぶための美しい花被片はありませんが、黒っぽい鱗片の間から白っぽいメシベや赤茶色のオシベが顔を出していて、よく見るとなかなかの美しさだと思います。

キフシススホコリ

 

 写真は変形菌 キフシススホコリ Fuligo septica var. flava の子実体でしょう。 道脇の朽木の上に発生していました。 黄色い皮層の隙間から、内部の黒い胞子が見えています。

 上は皮層を少し破いて撮っています。 この一部を顕微鏡で見たのが下です。

 黒っぽい丸いものは胞子で、紡錘形をしたものは石灰節です。 本種はススホコリの変種とされていますが、母種のススホコリの石灰節は白色です。

(2021.7.23. 京都府精華町 けいはんな記念公園)

2021-07-28

オオミハタケゴケ

 写真はオオミハタケゴケ Riccia beyrichiana です。 京都府精華町のけいはんな記念公園で 2021.7.23.に撮影しました。
 和名は実(み)つまり胞子が大きいところからで、胞子の直径は約 75~105μmもあります(こちら)。 上の写真の左上に胞子が散布された跡と思われる穴が見えますが、この穴は写真を拡大して気づいたもので、現地では確認できず、この部分の採集もしていませんので、今回は胞子の写真はありません。

 平凡社の図鑑に載せられているウキゴケ属(Riccia)は8種ですが、その後、分類学的な再検討が進み、2018年現在では国内で 18種が確認されています(古木:新・コケ百選.蘚苔類研究12(4))。 本種も平凡社の図鑑には載せられていませんが、人の生活にとても近い所に分布しているようです。

 最初の写真は乾いた状態で、縁がめくれあがっていますが、上は湿った状態です(最初の写真と倍率は異なります)。 葉状体の縁に白い毛が見えます。

 葉状体の幅は2~3mmほどです。

 上は葉状体の断面(グレースケール)です。 溝は幅広く、背面側部は丘のように盛り上がっています。
 下は上の赤い四角で囲った部分です。

 葉状体の縁の毛は多列についています。 このように多列の毛が見られるウキゴケ属は、本種の他には稀にヒメハタケゴケで見られるのみです。

2021-07-27

ツノゴケモドキ・ヤマトツノゴケモドキ

 上は、京都府精華町のけいはんな記念公園で 2021.7.23.に撮影した写真ですが、以下の観察結果から、ツノゴケモドキ Notothylas orbicularis のようです。
 Notothylas(ツノゴケモドキ属)の胞子体は成熟するまで包膜に包まれています。この包膜は、ニワツノゴケナガサキツノゴケなどのように葉状体から立つのではなく、葉状体にくっつくように倒伏します。
 この仲間の葉状体は波打っていますが、上の写真の①の所は特に盛り上がっていて、その中にうっすらと黄色いものが見えます。 これが胞子体を中に包み込んでいる包膜です。 調べていませんが、②もその可能性大ですし、もしかしたら③もそうかもしれません。

 上は最初の写真と同じですが、断面を観察するために赤い線て示した所にカミソリの刃を入れてプレパラートを作成しました。 それが下の写真です。

 包膜に保護された胞子体が確認できました。 葉状体の腹面にはたくさんの細い仮根があり、それが土をくっつけています。

 断面の近くには胞子が散らばっていました。 胞子体が未熟で、上の写真の右上のような減数分裂途中の細胞もありましたが、左下が胞子です。 本種の胞子は黄色で、径約40μm、求心面にY字条溝があります。 その上にある胞子も、少しいびつな形になっていますが、同様です。

 上は葉状体背面の細胞です。 大きな葉緑体が各細胞に1個(~数個)あるのは、他のツノゴケ類と同じです。

 平凡社の図鑑では、Notothylas(ツノゴケモドキ属)として、ツノゴケモドキ、ヤマトツノゴケモドキ、ジャワツノゴケモドキの3種が載せられています。
 上のツノゴケモドキのすぐ近くで、ヤマトツノゴケモドキもありました。 ちなみに両者の分布は、ツノゴケモドキの方が少し北に偏っていて、関西ではヤマトの方が多いようです。 なお、ジャワツノゴケモドキは四国と九州の分布です。

 上がそのヤマトツノゴケモドキ Notothylas temperata です。 私は以下の観察からツノゴケモドキと区別できましたが、Mさんは現地でルーペで違いを見分けておられました。 さすがです。
 上の植物体には、胞子体を内包したたくさんの包膜が確認できます。 下はこの断面です。

 今回は反射光で撮影してみました。 包膜に保護された胞子体が確認できます。

 上は断面作成時にこぼれ出た胞子で、黒褐色です。 平凡社の図鑑の検索表で重視されている蒴壁の開裂線の有無は、蒴が若い時には使えませんが、胞子の色で区別できます。

 上は葉状体背面の細胞です。 これもツノゴケモドキとほとんど変わりません。(上の写真で波打っている細い糸状のものはゴミです。)

◎ ヤマトツノゴケモドキはこちらにも載せています。


2021-07-26

クロツリバナ

 2021.7.15.に栂池自然園で撮ったクロツリバナ Euonymus tricarpus です。 ちょうど花の時期で、暗紫色の花がたくさん垂れ下がっていました。
 本種の分布は本州中部以北と北海道の亜高山帯です。 

 葉は対生し、葉脈は表面で凹み、裏面で隆起しています。

 花はガク片、花弁が5枚ずつで、オシベも5本です。 上の花は、オシベが既に落ちていますが、花盤の発達がよく分かります。 花の中央にある子房は発達した花盤に半ば埋もれています。 その周囲にある5個の盛り上がりはオシベの葯のついていた場所で、花糸はほとんどありません。

 花は上記のように色もつくりも特徴的ですが、果実も特徴的です。 秋に紅色に熟す果実は、長い3翼を持っています。 種小名の tricarpus は「三果の」という意味で、このことに由来します。
 この果実も見たいところですが、大阪から何度も出かけるには遠すぎます( ;∀;)

2021-07-25

ワタミズゴケ

 

 上は秋田県の標高 1.200mほどの池塘にあったミズゴケで、蒴をつけていました。 下部は水に浸かっています。(撮影:2021.7.9.)

 繊細で柔らかい小型のミズゴケです。(スケールの数字の単位はcmです。)

 上の写真の上方の短い2本は下垂枝、長い1本は開出枝ですが、はっきりとした違いは無さそうです。(開出枝と下垂枝についてはこちらをご覧ください。)


 上は枝葉とその先端部です。 先端には少数の歯があります。 縁は腹面側に巻いているため、色が濃く写っています。


 上は枝葉の横断面とその一部の拡大です。 葉緑細胞はほぼ三角形で、底辺は葉の背面側にあります。

 上は葉を取り去った開出枝です。 大きなレトルト細胞がたくさんあり、その首は突出しています。

 上は茎葉です。 舷は、はっきりしませんが、下部で広がっています。

 上は茎葉の先端部です。 右側の葉縁は腹側に巻いていて見えていません。 先端には数個の歯があり、葉縁にある狭い舷は葉先近くまであります。
 透明細胞には糸状の肥厚があります(赤い矢印)。

 上は茎の表皮で、左下に茎葉が少し写っています。 表皮の細胞は長方形で、孔は見られません。


 上の2枚は茎の横断面とその一部の拡大です。 表皮細胞は2層になっています。

 以上の観察結果から、枝葉の透明細胞の孔が少なく、横断面で葉緑細胞が背面に広く開いていることからハリミズゴケ節でしょうし、レトルト細胞の首が長いことからワタミズゴケ Sphagnum tenellum でしょう。 ハリミズゴケ節の中ではレトルト細胞の首が長いのは本種だけです。 多雪地帯のミズゴケのようです。