2017-03-31

アナナシツノゴケ


 写真は大きな岩がゴロゴロ転がっている川面のすぐ近くの窪みにあったアナナシツノゴケ Megaceros flagellaris です。 アナナシツノゴケは、このような増水すれば水没するような所に生育するツノゴケです。 ちなみに和名は、ニワツノゴケナガサキツノゴケなどの蒴壁には気孔があるのに対し、アナナシツノゴケの蒴壁には気孔が見られないことに由来するようです。


 葉状体の縁は波打ち、鋸歯状になっています。 中肋部らしきものは見られません。


 上は葉状体の断面で、細胞間隙はありません。 下面には粘液を出すと思われる単細胞性の仮根がたくさん見られます。



 各細胞には葉緑体が1~3個見られました。


 上は蒴の先の褐色になった部分をスライドグラスに取り、押し潰して弾糸を見たもので、右上の褐色のものは蒴壁です。 弾糸は細長い単細胞で、らせん状の肥厚が見られます。 中央左下の黄緑色のものは胞子です。


 上の写真の中央の2個は胞子です。 右上隅は蒴を押し潰した時に中身が出てしまった胞子でしょう。 胞子の表面には小突起が見られます。

(2017.3.25. 徳島県海陽町 相川)

こちらには本種に共生しているラン藻や胞子体基部の様子などを載せています。 またこちらには「アナナシ」の由来や造精器の様子などを載せています。

2017-03-29

トガリスギバゴケ


 上は、少し他のコケも混じっていますが、トガリスギバゴケ Kurzia gonyotricha です。 群落は崖にあり、肉眼的にはうすい緑色でのっぺりとしていました。


 少し倍率を高くしてコントラストを強調してみたのが上の写真です。 乾いた状態で撮っていますが、棒状のものがたくさんの葉の集まりであることが何となく分かります。

 以下は顕微鏡での観察です。 水でプレパラートを作成していますから、もちろん湿った状態で、葉は開いています。


 葉は基部まで3(~4)裂し、基部で膝を折ったように曲がっています。 葉の裂片の先は尖っていて、これが和名の由来でしょう。


 上の写真では左上と右下隅に腹葉が写っています。 下は腹葉を拡大したものです。 腹葉は葉とは異形で2裂し、葉に比較して著しく小さく、殆どの腹葉は6細胞からなっていました(下の写真に番号をつけてみました)。


(2017.3.26. 徳島県阿南市新野町)

2017-03-27

宍喰浦の化石漣痕

 砂の層の表面をある流速で水が流れると、周期的な波状の模様が作られます。 漣(さざなみ)の痕(あと)で、これが古結し、化石のようになったものは化石漣痕(かせきれんこん)と呼ばれています。 上で「化石のように」と書いたのは、漣痕は生物の存在を示す痕跡ではなく、厳密には化石とは呼べないためです。
 動き易い砂の表面の漣痕(リップルマーク)が残って古結することは珍しく、大規模に残っている和歌山県白浜、徳島県宍喰浦(ししくいうら)、高知県千尋岬の3ヶ所は国の天然記念物に指定されていますが、この三ヶ所は南海トラフに沿った場所で、強い水流によって作られたものでしょう。


 上は宍喰浦の化石漣痕です。 下の2枚は上の赤い四角で囲った部分(撮った位置が異なりますので正確ではありません)の拡大です。



 漣痕の形から水流の方向が分かります。 地層を当時の海底の状態に戻すと、南海トラフの延びの方向と一致するということです。
 この漣痕が作られたのは約4千万年前の新生代古第三期で、当時は深い海底で、ほぼ水平であったと考えられますが、現在見られる地層の面は急な崖で、海洋プレートの押す力の強さを感じさせられます。

 3月25~26日、徳島県に行ってきました(こちら)。 目的はコケの観察でしたが、宍喰浦の化石漣痕は宿泊地のすぐ近くにあり、朝の散歩で撮ってきました。

2017-03-24

クビレズタ(海ぶどう)



 沖縄県や鹿児島県などで売られている海ぶどうについては、「そよ風に乗って」の2009年04月10日の記事にしています(こちら)。
 この海ぶどう(またはグリーンキャビア)として売られている海藻は、上の記事にも書いていますが、和名クビレズタ Caulerpa lentillifera というイワズタ科に分類されている緑藻です。 和名の意味は「くびれているツタ」ですが、1986年に内閣告示として公布された「現代仮名遣い」では「ヅ」は「ズ」と書くことを基本とされ、「クビレヅタ」ではなくなりました。

 ところで、1月10日に『コケの生物学』という本が出版されました。 この本では、生物学の視点から、コケに関することを総合的に解説されているのですが、その第1章では陸上に上がったコケと水中に留まっている緑藻との関係が論じられています。 その中で、クビレズタと同属であるイワズタなどは、植物体も大きく、一見体制がかなり複雑であるが、多核性の糸状体が複雑に絡んで出来上がった、見かけ上の複雑さに過ぎない、とされています。
 このことを確認するために、クビレズタを顕微鏡で調べてみました。


 上は葉に相当する位置にある“柄”付きの球形部分です。 「クビレ」とはこの“柄”の様子からですが、それはさておき、もし細胞壁で仕切られた細胞があれば、それがはっきり見えるはずの倍率ですが、球の表面にゴミのような模様が見えるだけです。
 下はこのゴミのような模様を拡大したものです。


 緑色のものは葉緑体だと思うのですが、紅色のものは何なんでしょうね。


 上は茎のような部分の縦断面を作って顕微鏡で見たものですが、糸状のものが見えるだけです。
 細胞質は透明に近いものですから、染色すると何か分かるかもしれませんが、ここで言えることは、クビレズタは、コケ植物や種子植物に見られるような細胞壁で仕切られた細胞がたくさん集まった体ではない、ということくらいでしょうか。
 生食すると、ブチッという歯ごたえの後に海水をマイルドにしたような味がしますから、植物体の表面は丈夫で、内部は海水の成分に近い液体で満たされているのでしょう。


 上記『コケの生物学』についてもう少し書いておきます。 この本の著者は北川尚史博士で、シダとコケ談話会の編集となっています。 北川博士は 2016年1月にご逝去されているのですが、博士が雑誌『植物の自然誌 プランタ』で連載されていた内容が、連載終了から既に20年以上経っているにも関わらず古びたところがなく、このまま埋もれさせてしまうにはあまりにも惜しいと、“北川節”を活かしつつ、その後の研究などで明らかになった点など最小限の手を加えて書籍化されたものです。


2017-03-22

トサカホウオウゴケの雄株

 トサカホウオウゴケ Fissidens dubius は雌雄異株ですが、雄株は雌株の上で育つと聞き、雄株を探してみました。


 下の写真は上のトサカゴケの赤い四角で囲った部分の拡大です。


 上の写真の左右2ヶ所で伸び出した芽のようなもの (以下、左のものをa、右のものをbとします) がありますが、aとbは様子が異なるように思いました。 aは比較的太い茎があり、そこに小さな葉がついています。 bは上の写真では半分腹翼に隠れていますが、茎が目立たず、比較的大きな葉がついていました。


 aは伸びると上のような枝になるのだと思います。


 bが気になり、分離して顕微鏡で観察したのが上の写真で、6枚ほどの葉がついていました。 もしこれに造精器があれば雄株ということになるのですが、造精器があるかもしれないような所は葉が重なって暗くなり、よく分からないようになってしまっています。 そこでこれを2つに分割してみました。 そのうちの片方が下の写真です。


 下は上の写真の赤い四角で囲った部分の拡大で、3枚の写真を深度合成しています。


 上の写真の①は、造精器のようにも見えますが、これだけで造精器というには不安があります。 しかし、蘚類の造卵器や造精器は側糸と呼ばれる糸と混生することが多く、②がその側糸だと思います。

 以上のことから、2枚目の写真の右側のbは、トサカホウオウゴケの雄株だと思います。 枝分かれする芽のように見えたのは、雄株に育つ胞子がたまたま葉の腹翼に入り込んだためでしょうが、同様のケースを他にも観察することができました。 ポケット状の腹翼は胞子が発芽するのに適した環境を提供しているのかもしれません。

(観察したトサカホウオウゴケは 2017.3.8.に滋賀県野洲市妙光寺山山麓で採集したものです。)

2017-03-21

蓋の取れたトサカホウオウゴケの蒴


 堰堤いちめんについたホウオウゴケ、顕微鏡で葉を見ると・・・


 葉身上部の縁には鶏のとさかを思わせる鋸歯があり、葉縁には明るく見える帯状の部分がありますので(こちら)、トサカホウオウゴケ Fissidens dubius でしょう。
 蓋や帽のある若い蒴は以前載せましたが(こちら)今回の蒴の大部分は蓋が取れていました。




 蒴歯は1列16本で、中ほどから2(~4)裂し、その先は糸状になっています。

 トサカホウオウゴケは雌雄異株で、蒴をつけているのはもちろん雌株ですが、明日はこのトサカホウオウゴケの雄株について書く予定です。

(2017.3.8. 滋賀県野洲市妙光寺山山麓)



2017-03-18

ツツバナゴケ


 上の写真のコケ、胞子体はたくさんあるのですが、胞子体形成に栄養分をすっかり回してしまったのか、植物体(配偶体)はほとんどとろけたような状態でした。 わずかに残っていた円頭の葉の様子からツボミゴケ科と思いつつも、花被が長いのが気になっていたところ、同行の、コケの特に苔類の師匠と仰ぐM氏はヤバネゴケ科のツツバナゴケ Alobiellopsis parvifolia と同定されました。 長い花被はヤバネゴケ科でよく見られます。


 上はその長い花被の口部と、そこから伸び出している蒴柄の一部を撮ったものです。 蒴柄は写真から4細胞列が確認できますが、隠れている側も同様でしょうから、蒴柄の外側は8細胞列ということになり、これもヤバネゴケ科でよく見られます。


 上はゴミも多いのですが、かろうじて残っていた植物体です。 ヤバネゴケ科の葉は2裂していることが多いのですが、ツツバナゴケの葉は円頭です。
 図鑑によると、ツツバナゴケの葉は接在または重なるようですので、上の写真のものは他のコケに覆われて徒長ぎみで、胞子体も作れず、だから形を留めていたのかもしれません。
 上の写真では、とても小さな痕跡ぎみの腹葉らしきものも認められます。 保育社の図鑑によると、「(ツツバナゴケの)腹葉は小さく、退化的であるが、時に舌状で、茎の幅と同じぐらいになる。」とあります。


 葉身細胞は 40~60μm、ほぼ方形で薄膜、やや柵状に並んでいます。 油体は各細胞に2~3個で、楕円形です。


 上は胞子と弾糸です。

(2017.3.8. 滋賀県野洲市妙光寺山山麓)

◎ 上より少し前の胞子体が伸び出していない時期の様子をこちらに、また胞子体をつけずに元気なツツバナゴケの植物体はこちらに載せています。


2017-03-17

オオミズゴケ


 ミズゴケ科ミズゴケ属ミズゴケ節のオオミズゴケ Sphagnum palustre は、暖温帯のミズゴケとしては最も普通種ですが、水没状態で生育するのは好まないようで、写真のオオミズゴケも小さな流れの縁の水に浸らない所に育っていました。


 上の写真、褐色のものが茎で、そこから左右に枝が出ています。 葉(枝葉)は枝に密着していて、この倍率では注意しないと識別できません。
 じつはミズゴケの仲間には通常2種類の枝があります。 上に枝と書いたのは「開出枝」で、これとは別に茎に沿って下に伸びる「下垂枝」というものがあります。 上の写真では下垂枝はよく分かりませんが・・・


 上は茎にくっついている下垂枝をピンセットで手前に引き出して撮ったものです。


 茎には、「茎葉」と呼ばれる葉がついています。 茎葉は透明に近い淡い緑色で、茎の表皮(これも透明に近い色です)にピッタリとくっついていて、茎葉が茎についている様子はうまく撮れませんでした。 また、柔らかく破れやすく、1枚を茎から剥がすのも、なかなか難しいもので、上がその茎葉なのですが、右側の半分少しは失われています。 本来の葉形は舌形で、先端はささくれています。


 上は茎葉の一部を拡大したもので、葉緑体を持った細長い「葉緑細胞」と、横線状の肥厚と孔を持った大きな「透明細胞」とからなっています。


 上は茎の表皮細胞を観察するために、枝や茎葉を取り去った茎の表皮を剥がしている途中です。 上の写真では表皮は光を反射して白っぽく見えていますが、ほとんど透明です。


 上が茎の表皮で、表皮細胞にはらせん状の肥厚があり(ミズゴケ節の特徴の1つです)、孔も見られます。


 枝葉に話を戻します。 上は枝の一部を深度合成したもので、枝葉は鱗状についています。


 上は枝葉を腹面(枝に面している側)から撮ったものです。 枝葉は広楕円形で深く凹み、葉縁は内曲しています。


 上は枝葉の葉縁で、細かい目立たない歯があります。 この葉縁に歯が見られるのも、ミズゴケ節の特徴の1つです。



 上の2枚は枝葉の細胞で、茎葉と同様に葉緑細胞と透明細胞からなっています。 透明細胞には横線状の肥厚と孔があります。
 上の写真のような倍率にすると、透明細胞の孔と葉緑細胞の両方にピントの合った写真は撮れません。 そのことから、透明細胞の孔と葉緑細胞は顕微鏡のレンズから異なった距離にあることが分かります。 前者は枝葉の背面にあり、後者は腹面にあります(下の写真)。


 上は枝葉の横断面です。 曲面から分かるように、写真の上方が腹面(枝に面している側)で、下方が背面です。 葉緑細胞は狭二等辺三角形で、その底辺は腹面側にあります。
 透明細胞の孔も断面で見るとよく分かります。 透明細胞には細胞質は無く(=死細胞)、ミズゴケの仲間がたくさんの水を貯えることができるのは、この透明細胞に水を貯めるためでしょう。

(2017.3.8. 滋賀県野洲市妙光寺山山麓)

◎ オオミズゴケはこちらにも載せています。 また検索表に基づき特徴を整理した記事や、もう少しうまく取れた茎葉の様子などをこちらに載せています。