2024-06-26

ヒメウスグロゴケ

 

 樹幹にたくさんの蒴、調べてみるとヒメウスグロゴケ Leskeella pusilla でした。 「ミクロの世界のコケ図鑑」では「岩やコンクリート壁の世界」(P.148)に入っていますが、本種は今回のような樹幹の他にも、コンクリート製の擬木にもよく見られます。
 図鑑にも書いているように、どこにでもあるコケですが、植物体は小さく暗色で、見過ごしてしまいがちなコケです。 上の写真の場所も、いつもよく通る所ですが、今回は蒴がたくさん出ていて、はじめて存在に気づきました。

 茎は這い、やや羽状に分枝しています。

 中肋は太く葉の中部以上に達するのですが、そこで急に消えてしまい、葉先から突出することはありません。 これはウスグロゴケ科に多く見られる特徴です。

(2024.6.15. 京都府立植物園)

こちらには3月の様子を、こちらには5月下旬の胞子散布中の様子を載せています。

2024-06-22

蒴をつけたマルバヒメクサリゴケ

 

 樹幹のマルバヒメクサリゴケ Myriocoleopsis minutissima が、胞子を飛散させた後の蒴をたくさんつけていました(2024.6.15. 京都府立植物園)。 上の写真の白いものが空になった蒴です。

 上は腹面から撮っています。 腹葉はありません。

 ゴミが多いのですが、上の右が花被と蒴です。 花被は葉の大きさに比べてかなりの大きさです。

 上は葉を腹面から撮っています。 腹片は背片の3/4以上の長さがあり、幅も背片の1/2倍以上あります。 第1歯は1細胞幅で2細胞長、第2歯は三角形で、1~3細胞からなっています。

 上は葉身細胞です。 トリゴンは無く、油体は微粒の集合です。

◎ マルバヒメクサリゴケはこちらにも載せています。

※ マルバヒメクサリゴケは「ミクロの世界のコケ図鑑」には載せられませんでした。 片桐・古木(2018)の「日本産タイ類・ツノゴケ類チェックリスト」にはクサリゴケ科の苔類は134種が載せられています。 クサリゴケ科には身近な所で見ることのできるコケも多いのですが、小さなコケが多く、顕微鏡が無いと同定が難しいこともあり、ページ数が限られているなかで、多くのページをクサリゴケ科に使うことはできません。
 そこで、多く見られる属については、属の特徴を書くことで、似た特徴のあるコケを見つけたら、同じ属のコケを他の本なりインターネットなりで調べることができるようにしました。 具体的には、P.115のヤマトヨウジョウゴケでヒメクサリゴケ属を説明し、P.168のカマハコミミゴケの所でクサリゴケ属を説明し、同じP.168のヤマトコミミゴケの所でヤマトクサリゴケを代表にしてシゲリゴケ属を説明しています。
 本種は現在ではヒメクサリゴケ属ではなくなりましたが、和名のとおりヒメクサリゴケ属に似た特徴があり、少し前まではヒメクサリゴケ属とされていたコケです。

2024-06-20

「ミクロの世界のコケ図鑑」とブログの連携について

 「ミクロの世界のコケ図鑑」の発売が開始されました。 大きな画面で編集していて、本になってみると少し小さすぎた写真もありますが、そこは実際のコケ観察疑似体験ということで、2~3倍の虫メガネで見てください。
 下の正誤表など、この本に関する記事をまとめたページを作成しています(こちら)。 「ブログ掲載種一覧」の「コケ植物」から入ることができるようにしてあります。
 

「ミクロの世界のコケ図鑑」正誤表

 「ミクロの世界のコケ図鑑」の正誤表です。 本の間違いに気づかれた場合は、ご連絡ください。

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P.9  「二次茎」の説明
  (誤)・・・伸びる。茎で、・・・
  (正)・・・伸びる茎で、・・・

P.95下 ツガゴケの科名の後ろに「(蘚類)」が抜けています。

P.236 分類順さくいん 240と241の間 と
P.237 五十音順さくいん カゲロウゴケの次に
 「 カサゴケ… P.88」が抜けています。
 (掲載種数は364種になります。)

2024-06-14

ヒラヤスデゴケとマエバラヤスデゴケ

 開裂した蒴をつけたヒラヤスデゴケを6月11日に載せたばかりですが、上の写真もヒラヤスデゴケ Frullania inflata のようです。

 本種は雌雄同株です。 上は腹面から撮っていますが、aは花被、bは雌苞葉ですが、cとdは雄性生殖器官で、中に造精器が作られていた所だと思います。 cを調べてみると、葉が何重にも重なっていて中が空洞のようになっていたのですが、時期的な理由によるためか、造精器は確認できませんでした。 

 上は腹面から撮った写真で、4個の花被(①~④)がついています。 平凡社の図鑑などでは、本種の花被は5稜となっていますが、①~④で少しずつ様子が異なっています。 5稜であることを確認するために、複数の花被で横断面を作成してみました。


 上が花被の横断面で、写真の上が腹面、下が背面です。 たしかに5稜のように見えます。 しかし、別の花被の断面では下のようなものもありました。

 上の花被の断面では、6稜(赤い数字の1~6)のようにもみえます。 これも2~6を稜と見るべきなんでしょうね。

 腹葉は茎径とほぼ同じ幅で、長さは幅の約2倍、中ほどまで2裂しています。

 上は葉身細胞ですが、大きな油体が各細胞に1(~2)個あり、まるでケビラゴケ科の細胞のようで、6月11日に載せた葉身細胞とはかなり異なっています。
 じつはヒラヤスデゴケとマエバラヤスデゴケは、同種であるとする考えが強いのですが、さまざまな違いが見られ、別種とする考えもあります。 細胞の違いもそのうちの1つなのですが、他にもいろいろな違いがあります。
 その1つは見られる場所です。 平凡社の図鑑では、本種の生育場所については、「低地のしばしば水没するような岩上に生育し,樹幹にも着生。」とあります。 しかし6月11日のものは樹幹、こちらは渓流沿いの遊歩道ですが渓流からはかなり離れた岩上、そして今回は水とは関係無さそうな場所の石灰岩上でした。
 雌苞葉の形態もいろいろあるようです。 下は2枚目の写真のbの雌苞葉です。

(2024.6.12. 滋賀県大津市石山寺)


2024-06-11

ヒラヤスデゴケ




 写真はヒラヤスデゴケ Frullania inflata(別名マエバラヤスデゴケ)でしょう。 京都府立植物園のあちこちの樹幹についていました。 写真は4月中旬の撮影ですが、本種は雌雄同株で、たくさんの開裂した蒴が見られました。


 腹葉は茎径とほぼ同じ幅で、長さは幅の約2倍、中ほどまで2裂しています。

 上は裏側に腹片をつけた背片です。

 上は葉身細胞です。

 上は花被と開裂した蒴です。 弾糸は1本鎖でした。

◎ 上の写真では花被の形態がはっきりしませんが、本種の花被は腹面から見ると5稜が確認できます(こちら)。 また、ヒラヤスデゴケはこちらにも載せています。

2024-06-08

ちょっとコアな「ミクロの世界のコケ図鑑」の特徴

 「ミクロの世界のコケ図鑑」の発行日が近づいてきました。 今回は本書の特徴を、少し専門的な面から紹介したいと思います。

① 蘚類・苔類・ツノゴケ類の扱いについて
 多くのコケ図鑑では、「コケ植物は蘚類・苔類・ツノゴケ類に大別できる」趣旨のことが書かれています。 本書では「コケ植物または蘚苔類とは、蘚類・苔類・ツノゴケ類をまとめた名称だ。」と書きました。 この違い、分かっていただけるでしょうか?
 蘚苔類のことを勉強しはじめ、体のつくりにも目を向け始めると、その多様さに驚かされ、初心者にはとても難しいものに感じてしまうようです。 しかしそれは蘚類も苔類もツノゴケ類もみんな同じ蘚苔類として理解しようとするためではないでしょうか。 蘚類・苔類・ツノゴケ類はそれぞれ別の植物だとして、蘚類は蘚類として、苔類は苔類として理解しようとすると、初心者にも案外すんなりと理解できるように思います。
 最近の分類体系では、蘚類・苔類・ツノゴケ類のそれぞれを「門」とする考えが主流になってきています。

② 蘚類・苔類・ツノゴケ類より、まず配偶体・胞子体
 多くのコケ図鑑では、蘚類・苔類・ツノゴケ類のそれぞれの説明の中で、配偶体と胞子体について解説しています。これに対して、本書ではまず配偶体と胞子体の関係を分かり易く解説し、それを踏まえて蘚類・苔類・ツノゴケ類のそれぞれについて解説しています。蘚苔類共通の特徴(というより陸上植物の本質)を先に説明することで、スムーズな流れで説明できていると思います。

③ 配列順序
 種の並べ方は、多くの図鑑では、蘚類 → 苔類 → ツノゴケ類 の順になっています。これは蘚類が最も多く、次いで苔類が多いことから、ある意味当然の順序でしょう。
 本書では、ツノゴケ類 → 葉状体苔類 → 茎葉体苔類 → 直立性蘚類 → 匍匐性蘚類 の順に並べました。 これは、COLE T.C.H. ら(2023)の「コケ植物系統樹ポスター」をはじめ、最近の研究では、緑藻の仲間から分かれて陸上植物となった初期にまずツノゴケ類が分岐し、続いて苔類と蘚類に分かれ、現在に続いているとする考えが主流になってきていること、さらには茎葉体苔類は葉状体苔類から分岐したものであり、匍匐性蘚類は直立性蘚類から分岐したものであるとする考えが主流になってきていることを踏まえてのことです。 なお、蘚類と苔類とは進化的にどちらが進んでいるのかは分かりませんが、ツノゴケ類と葉状体苔類との配偶体の外見上の類似性に着目しています。 つまり、本書の種の配列順序は、大きく見れば、ほぼ進化の順に並べたことになります。

④ ゼニゴケの扱いについて
 コケ植物の全般的な説明をする際、多くのコケ図鑑では苔類の代表としてゼニゴケを扱っています。 たしかにゼニゴケは大形で、身近に見られるという意味では、苔類の代表としてふさわしいでしょう。 しかしゼニゴケの仲間(ゼニゴケ目)は、苔類全体の中では特殊な方向に進化し、その進化の方向が“成功”し、栄えているグループです。特殊な例で一般的なことがらを説明するのは混乱の元です。本書ではゼニゴケを苔類の代表とはせず、特殊な苔類として取り扱っています。
 

2024-06-05

ヤマトチョウチンゴケ

 岩上にあったコケ群落、所々にジャゴケの仲間(オオジャゴケまたはウラベニジャゴケ)が混じっていておおよその大きさの見当がつくと思いますが、かなり大きなコケです。 調べた結果はヤマトチョウチンゴケ Plagiomnium japonicum だろうと思います。

 匍匐茎は長く、古い匍匐茎の途中から直立茎が立ち上がっています。 コツボゴケなどよりずっと大形で、上の写真の直立茎の長さは4cmほどですが、平凡社では「直立茎はふつう長さ5~10cm」となっていますから、これでもヤマトチョウチンゴケとしては小さい方なのでしょう。

 上は直立茎の頂近くについていた葉で、長さは9mm近くあります。 下は直立茎の葉のついている区画の中央にあった葉で、長さは約6mmです。

 葉は葉先から1/3ほどの所が最も幅広く、葉先から最も幅広い所までの葉縁には鋭い歯が並んでいます。

 上は直立茎の葉の先です。 上の写真でも中肋と葉先との関係は微妙で、強壮にみえる葉では中肋は葉先に届き、小形の葉では中肋は葉先に届いていませんでした。


 葉縁の歯は大形で、2~3細胞からなっています(上の2枚の写真)。 舷は2~3細胞列です。

 葉身細胞は大きく、30~60μmの長さがあります

(2024.5.22. 京都府南丹市 美山)

2024-06-04

ハナミョウガ

 実習で外を歩いたところ、ハナミョウガ Alpinia japonica の花に出会いました。 多くはまだつぼみの状態で、今年は春先の気温が低く、例年より少し遅いようです。
 ハナミョウガは関東~九州の林内に生える常緑多年草です。 ミョウガと同じショウガ科で、茎や葉の形態はミョウガに似て、地際に花をつけるミョウガと異なり高さ20~50cmのところに花をつける、つまり花が目立つミョウガというので、「ハナミョウガ」です。 葉は長さ15~40cmの広披針形です。 なお、葉の表面のあちこちに見られる白い斑点は、葉上地衣のアオバゴケだと思います。

 上は葉の裏面です。 裏面には軟毛が密生していて、ビロードのような手触りです。

 上は2004年の5月中旬に撮った本種の花です。 被子植物の花は、基本的には外花被(ガク)、内花被(花弁)、オシベ、メシベからなっていて、これらのいくつかが退化したり変形したりする場合もあります。 ラン科の花も変形が大きいのですが、まだどうにか外花被片3枚、内花被片3枚など、上記の基本的な花のつくりは確認できます。 しかし、ショウガ科の花はもっと大きく変化していて、上の写真の花のつくりを説明することは、予備知識無しでは無理だと思います。 花粉を出すオシベは1本しかみあたりませんし、メシベはそのオシベの中央から出ているようにみえますし、いちばん目立つ唇弁が花弁ではないのですから・・・。

 上は花を横から見ています。 ショウガ科は単子葉類で、花は3数性です。 外花被は浅く3裂し、内花被も3裂しています。 ややこしいのはオシベです。 これは近縁の植物からの類推や花の各部の発生の様子を調べて得られる結果なのですが、本来6本あるオシベのうち、1本は花粉を出しますが、1本は退化し、残りの4本がくっついて花弁化し、唇弁となっていると考えられます。 オシベが花弁化するのは八重の花で見られますが、花弁化+合生は珍しいことでしょう。

 上は花の縦断面です。 花の基部にある子房に続くメシベの花柱は、花粉を出すオシベの花糸にくっついて長く伸び、葯の間から顔を出します。 筒状になった花の内部の下部には蜜腺もあります。

 昨年の果実もいくつか残っていました。 果実の表面にも細かい毛が密生しています。 

 果実を割ってみました。 中には白い仮種皮に包まれた黒っぽい種子が複数個入っています(上の写真)。 種子には良い香りがあります。 この種子を陰干しにして乾燥させ、粉末にしたものは、伊豆縮砂(いずしゅくしゃ)と呼んで健胃薬とし、また、香辛料ともされます。


2024-06-02

ハットリチョウチンゴケ


 ハットリチョウチンゴケ Rhizomnium hattorii の雌株と雄株の群落が、岩上に少し離れてありました。 葉は広倒卵形で、中肋が赤くなっています。

 茎は赤く、舷が赤くなっている葉もあります(上の写真)。 葉は茎の上部に集まる傾向があります。

 茎の長さは約2cm、葉の長さは約5mmです。

 中肋は葉先に届いていません。 葉先は平坦~微凸頭です。

 葉先の舷は紡錘形の細胞からなっています。

 上は葉縁の舷です。

 葉身細胞は六角形で、壁は一様に厚くなっています。

 上は茎の横断面で、明瞭な中心束があります。

 上は雄器盤の断面です。 この一部をさらに薄く切り、90°回転させて顕微鏡で撮影したのが下です。

 側糸と、棍棒のような空になった造精器があります。 側糸の先が串団子のようになっていますが、もしかすると、小動物の体に精子をつけて運んでもらうため、小動物を呼ぶ餌となる団子かもしれません。

 上は蒴歯を蒴の内側から見ていて、色の薄いのが外蒴歯、濃い方が内蒴歯です。 内蒴歯の基礎膜は高く、間毛もあり、歯突起は外蒴歯とほぼ同じ高さです。

 上は蒴の外側から蒴口付近を撮っています。 口環が分化しています。

(2024.5.22. 京都府南丹市 美山)

こちらには本種の葉の横断面などを載せています。