ホソバコケシノブ Hymenophyllum polyanthos がたくさんの胞子のうをつけていました(2022.12.6. 大分県 深耶馬渓)。 上の写真では葉ばかりが写っていますが・・・
葉は長く走る匍匐茎から出ています。 元気な葉は乾くと丸まってしまうので、上の写真では枯れた葉を撮っています。
コケシノブ属には何種か似た種がありますが、本種は羽片が平面的に開き、裂片が全縁で、葉身は無毛、羽軸などの毛は早落性、裂片は軸に対して 50°~70°でつきます。
この仲間は小形のシダ植物で、コケ植物によく似ています。 似ているのは形態だけではなく、コケテラリウムに本種(の仲間)を入れている人の話では、生活のしかたもコケ植物によく似ていて、たとえば水分の吸収も根からよりも葉から直接吸収しているように思うという話を聞きました。 たしかに乾いて丸まった葉も水をかけてやれば、時間はかかりますが、元に近い形に戻ります。
◎ こちらではコウヤコケシノブでもそのことを確かめています。
どれくらいコケ植物に似ているのか、組織の観察をしてみました。
上は匍匐茎の断面です。 茎の周囲には毛が生えています。 中央部に木部があり、その周囲を師部が取り囲む原生中心柱が確認できます。
上は葉柄基部の断面で、写真の上が腹面、下が背面です。 背腹の違いがあり、中央部の維管束の下部が木部で3本の道管が確認でき、その上に師部があります。
上の写真の切断面から少し葉先側に進むと、葉柄の左右に薄いシート状の葉身が広がりはじめます。 下はその部分の断面です。
切片が少し厚かったため、葉脈の左側の葉身部は倒れていますが、右側で分かるように、葉身部は1層の細胞です。 写真中央の維管束には道管も確認できますが、径は細くなっています。
そして・・・
上は葉の裂片の断面です。 葉身部は1層の細胞で、クチクラ層も確認できませんし、導管も確認できません。 水分の運搬や保水のためのしくみを退化させ、葉身細胞が必要とする水は自ら外界から吸収する(または隣の細胞からの拡散に頼る)しかありません。 葉身の大部分は、かなりコケ植物に近い生き方をしているようです。
胞子のうについても、もう少し見ておきます。
上の写真は、葉をほぼ横から見ています。 胞子のうは葉脈(中肋と呼ぶべきか?)の先端が伸びた胞子のう床の周囲につきます。 上の写真では、たくさんの胞子のう(上の写真では白と褐色の粒)に囲まれ、胞子のう床は見えません。 これらの胞子のう群の上下には包膜があります。
胞子のうには環帯と呼ばれる細胞壁が厚い部分と薄い部分が交互に繰り返される帯状の組織があります。 中の胞子が成熟し、乾燥すると、環帯の細胞壁が薄い部分が縮み、耐えきれなくなった胞子のうは勢いよく割れます。 その勢いで胞子は飛散され、同時に胞子のう自体も飛び散ります。
上はその飛び散った胞子のうと胞子(ピントが合っていない小さな粒)です。 赤褐色の部分が環帯で、胞子のうの多くの部分を占める白い部分は破れやすい薄い膜でできています。 胞子が出た後の胞子のう内部は空です。
胞子のうの「のう(嚢)」は物を詰め込む「ふくろ」の意味です。 コケ植物の蒴は胞子のうに相当するのですが、蒴は胞子体と一体となっていて、その内部も胞子ばかりではありません。 やはりコケ植物の場合は、シダ植物などの「胞子のう」とは別の「蒴」と呼ぶ方がいいように思います。