2017-08-21

検索表に基づくミズゴケの仲間の同定例


 奈良県大和郡山市産のミズゴケ(上の写真)の同定を依頼されましたので、検索表に書かれている語句の解説も兼ねて同定の道筋を記事にまとめてみました。 使用したのは「滝田謙譲:北海道におけるミズゴケの分布及びその変異について」の中にある検索表(下はその一部で、今回の同定に使った部分のみ)です。 タイトルは「北海道における」となっていますが、日本産のミズゴケのほとんどの種が扱われていて、それぞれの種についての図も多く、ミズゴケを調べるにはとても便利です。 なお、平凡社の図鑑にある検索表も使ってみましたが、同じ同定結果になりました。


 平凡社の図鑑では、日本産のミズゴケは1属で約35種となっています。 このように1つの属の中に多くの種が含まれる場合、属と種の間に「節」という階級を設けることがあります。

 検索表に従えば、まず茎や枝の表皮細胞を調べることになります。


 茎から枝が出ますが、横に伸びる開出枝と下に伸びる下垂枝の2種類の枝があるのがミズゴケの仲間の特徴です。 葉も、開出枝に鱗片状についている枝葉と茎についている茎葉とは、ずいぶんと形態が異なっています。
 上は乾いた状態の写真です。 茎の表面が白っぽく見えるのは、茎の表皮に空気が入り込んでいて、そのために乱反射しているためでしょう。 茎のあちこちが黒っぽくなっているのは、写真の状態にするために茎葉を取り去った跡です(茎葉も後に調べます)。
 この表皮を剥がして顕微鏡で観察します。 ちなみに湿った状態にすると茎葉にも茎の表皮にも水が浸み込んで半透明になって判別し難くなり、柔らかくなって剥がしにくくなります。


 上が表皮を剥がした後です。 このミズゴケの表皮の無くなった茎は茶褐色~黒褐色をしています。


 上は茎の表皮を顕微鏡で観察した像です。 特に写真の下の方がゴチャゴチャしているのは、表皮が多層になっているからです。
 表皮細胞には細いらせん状の肥厚が見られます。 このらせん状の肥厚はミズゴケ節を他の節から区別できる特徴になります。
 乾いた表皮に水を落として検鏡していますので、たくさんの気泡が入っていますが、写真の上の方の気泡はレンズの役割をしてらせん状の肥厚を強調してくれています。

 次に枝葉の細胞に注目です。


 ミズゴケの枝葉は細長い葉緑体を持った細胞(葉緑細胞)と、水を蓄えておく大きな透明細胞が交互に並んでいます(上の写真)。 透明細胞は強度を保つために線状肥厚を持っています。 この葉緑細胞と透明細胞の接する壁に多くの乳頭または突起があればフナガタミズゴケまたはイボミズゴケになるのですが、上の写真のようにこの壁が平滑であればムラサキミズゴケまたはオオミズゴケということになります。
 ムラサキミズゴケにはふつう紅色の部分がありますから、ここで調べたミズゴケはオオミズゴケだろうということになりますが、念のために枝葉の横断面を観察しました(下の写真)。


 上の枝葉の断面では、写真の上方が腹面(枝に面している側)で、下方が背面になります。 葉緑細胞と透明細胞が交互に並んでいますが、葉緑細胞は狭二等辺三角形で、その底辺は腹面側にあります。 このような特徴はオオミズゴケのもので、ムラサキミズゴケの葉緑細胞は楕円形で、透明細胞の間に埋まったようになり、葉の背面にも腹面にも出ていません。

 以上、検索表に基づいて調べてきましたが、もう少しオオミズゴケであることの確認を兼ねて、葉の特徴を見ておきます。


 上は茎葉です。 色の濃くなっている所は葉が皺になって折り重なってしまった場所です。 一般に、ミズゴケの仲間はその茎葉に特徴がよく出ます。 オオミズゴケの茎葉は舌型で、縁に舷はありません。


 上は枝葉の先端付近を腹面から撮ったものです。 先端は僧帽状となり、葉縁は内曲しています。 下は上の赤い四角で囲った部分の拡大です。


 先端付近の背面には赤い丸で囲ったような小歯状突起が見られます。

こちらには蒴をつけたオオミズゴケを載せています。 また、オオミズゴケはこちらにも載せています。 形態的に少し異なったように見えるところもありますが、個体差や生育環境の違いによるものでしょう。