2025-08-31

蘚苔類の系統樹

 蘚苔類の系統については、これまでいろいろな所で話してきましたが、このブログでもその概略を、COLE T.C.H.ら(2023)による「コケ植物系統樹ポスター」に基づき、載せておくことにします。 

 上は陸上植物の系統です。 これを見ると、蘚苔類植物(コケ植物)と種子植物やシダ植物などの陸上植物は共通の祖先から分化していることが分かります。
 また蘚苔類では、最初にツノゴケ類が分かれ、その後に蘚類と苔類に分かれたことが分かります。

 コケ植物系統樹ポスターを理解するために、分類体系について簡単に書いておきます。 生物の基本は「種(しゅ)」ですが、膨大な種の相互関係を理解するために階層的に整理したものが分類体系です。 具体的には、似た種を集めたグループが「属(ぞく)」で、似た属を集めたグループが「科(か)」で・・・と続くのが分類体系で、下のようになります。

   ドメイン―界(かい)―門(もん)―綱(こう)―目(もく)―科―属―種

 どこでどのように境を設けて分けるかは研究者によって違いが出てきますが、現在多くの研究者によって支持されている考え方によれば、「コケ植物」または「蘚苔類」とは、セン植物門、タイ植物門、ツノゴケ植物門を合わせたもので、植物界の一員であるという考え方です。

 

 コケ植物系統樹ポスター(上の図)もこの分類体系に基づき書かれていますが、「綱」をどのように定めるかには触れず、「目」の系統関係を整理し、その目に属する主な科が書かれています。
 上はあまりにも字が細かく、読めないと思います。 以下、部分ごとに拡大して載せていきますが、大きな3本の枝からなっていることは分かると思います。 この枝は上から、ツノゴケ植物門、タイ植物門、セン植物門です。 全体のほぼ2/3がセン植物門で、残りの約1/3がタイ植物門で、ツノゴケ植物門は、ごくわずかであることが、目レベルでも分かります。

ツノゴケ植物門

 ツノゴケ植物門は5つの目からなっています。 よく見られるナガサキツノゴケはツノゴケ目に、ニワツノゴケはツノゴケモドキ目に、アナナシツノゴケはキノボリツノゴケ目に分類されています。

タイ植物門

 上はタイ植物門の系統樹です。 タイ植物門は上の①~④に分けて見ていくと理解しやすいと思います。
 ①は古い形質を色濃く残していて、多くの苔類で見られる特徴があてはまりません。
 ②と③は葉状体苔類で、④は茎葉体苔類です。③の胞子体は、④に似て配偶体からマッチ棒のような胞子体が立ち上がりますが、②は配偶体が胞子体をどのように育てるのか、試行錯誤しているような印象を受けます。

セン植物門

 上がセン植物門の系統樹ですが、これでも文字が小さすぎるので、上の①~③に分けて以下に載せます。







 分類では胞子体やその一部である蒴が大切なポイントとなります。 蘚類でも①の段階では、進化するにつれて次第に②や③で見られる胞子体や蒴に近づく様子が見て取れます(下の図)。

 ところで、蘚類の進化を大きく見ると、蘚類は直立性からほふく性へと進化しています。 そして胞子体の付き方から見ると、茎の頂に胞子体がつく頂生蘚類から、葉腋に胞子体がつく腋性蘚類へと進化しています。 明瞭にほふく性蘚類であり腋性蘚類でもある種だけからなる科は、③の後半から現れます。

2025-08-30

タラダケヤスデゴケ

 樹幹についていた写真のコケ、乾燥して傷んでいて良い写真は撮れませんでしたが、タラダケヤスデゴケ Frullania taradakensis だと思います。

 上の写真、左の枝の先に花被がついています。 花被は西洋ナシ形で3褶、表面にいぼは無く平滑です。

 腹片の幅は背片の幅の1/5以上あります。 腹葉の幅は、少し分かりにくいのですが、茎径の4倍以上あります(上の写真)。


 上の2枚は、腹片と、スチルスが垂れ下がっていたのでその拡大です。 腹片はできるだけ重なりや汚れが少ないものを撮ったのですが、多くの腹片はもう少し幅が長く、嘴が発達しています。
 スチルスは10細胞列の長さです。 前に載せた本種(こちら)も長かったのですが、湯澤(2001)では4~5細胞列、上村(1961)では3~4細胞列となっています。

 上は腹葉で、側縁は全縁です。

 上は葉身細胞です。

(2025.8.18. 伊吹山)

2025-08-28

ヒゲハネゴケ


  写真はヒゲハネゴケ Plagiochila gracilis だと思います。 Sさんが剣山の標高1500m付近の岩上で採集されたものを、8月26日に行われたオカモス関西の顕微鏡観察会で分けていただいたもので、生態写真はありません。 分布は平凡社では全国のブナ帯となっています。
 植物体は褐色みを帯び、まばらに分枝しています。


 葉を含めた茎の幅は約2cm、葉は長楕円状で長さが幅の1.5倍以下、縁には大きく不規則な三角形状の歯が数個あります。

 背縁基部は長く下延しています(上の写真の黄色の矢印)。

 葉縁の歯は基部が2~3細胞幅で、2~3細胞の高さがあります(上の写真)。

 上は葉身細胞です。 細胞壁は褐色でトリゴンは大きく、油体は微粒の集合です。

2025-08-27

トゲハヒシャクゴケ

 上の黄緑色のコケはトゲハヒシャクゴケ Scapania hirosakiensis だと思います。 奈良県 天川村の標高900mのスギの朽木についていたものを、 8月26日のオカモス関西の顕微鏡観察会で分けていただきました。 分布は平凡社によると、紀伊半島以北の本州の亜高山帯となっています。



 葉の縁は鋸歯状で、外観はややウニバヒシャクゴケに似ていますが、それより小さなコケです。

 腹片は長楕円形で、縁に長披針形の歯があります。 背片は腹片の3/4以下の長さで、やはり葉縁にはやや長い歯があります。 キールは明瞭で、翼はありません。

 上は腹片の歯です。 歯は1細胞幅で、先端は披針形の細胞からなっています。

 上は腹片の表面です。 葉身細胞の表面には顕著ないぼ状ベルカが密生していて、細胞の形が分かりづらくなっています。

2025-08-25

タチヤナギゴケ



  太い木の枝に生える小さなコケ、タチヤナギゴケ Orthoamblystegium spurio-subtile だと思います。 古い胞子体と伸び始めた新しい胞子体が写っています。

 基物上をはう茎から長さ2~5㎜の枝を不規則な羽状に出しています。 乾いた状態では葉は茎に接していますが・・・


 湿ると葉は斜めに開きます(上の2枚の写真)。 蒴は直立、蒴柄の長さは5~11㎜でした。

 わずかですが、披針形の毛葉がありました(上の写真)。

 上は茎葉です。 中肋は太く(多くのウスグロゴケ科に見られる特徴)、葉先に達しています。 中部以下の葉縁は弱く反曲しています。

 翼部の細胞はよく分化しています(上の写真)。

 葉身細胞は長さ16~27μm、長六角形~長い菱形です(上の写真)。

 上は蒴を半分に切って撮っていますので、本来の外蒴歯は16本です。 外蒴歯は小さいパピラで覆われています。 内蒴歯の歯突起は痕跡的です。

(2025.8.18. 伊吹山)

◎ タチヤナギゴケはこちらにも載せています。

2025-08-24

カサゴケとカサゴケモドキとツクシハリガネゴケ

 伊吹山で 2025.8.18.に見た上の写真のコケ、ツクシハリガネゴケだと思ったのですが、確認のため持ち帰って調べたところ・・・



 ツクシハリガネゴケ(以下、「ツクシ」とします)は株立ちですし、茎は密に仮根で覆われますが、上の写真を見ると、茎の下部が地下茎状に地中をはっていたようですし、茎の仮根もそんなに多くありません。 さらに・・・

 葉縁が反曲し上部に歯があることはツクシと同じですが・・・

 ツクシの歯も単生ですが、上の写真より小さな歯ですし、ツクシには舷があるのですが、上の写真には舷はありません。

 以上の観察から、このコケはハリガネゴケ属のツクシハリガネゴケ Bryum billardieri ではなく、カサゴケ属( Rhodobryum )でしょう。

 カサゴケ属には、オオカサゴケカサゴケモドキカサゴケの3種があります。 このうちオオカサゴケは葉縁の歯が双生ですので、今回のコケではないのですが、この機会にこの3種の関係を整理しておきたいと思います。
 オオカサゴケは、コケテラリウムによく用いられ、栽培も盛んに行われているのですが、多くの場合、テラリウム内で新しく伸び出したオオカサゴケは小形になります。 そのようなこともあってか、コケテラリウム作家やコケの流通業界ではカサゴケ属3種を区別せずに「カサゴケ」としたり、オオカサゴケをカサゴケと呼んでいることも多くあります。
 カサゴケとカサゴケモドキについても、下は平凡社の図鑑から違いを抜き出してにまとめたものですが、違いは微妙です。 平凡社のカサゴケの解説文にも、「前者(カサゴケモドキ)に非常によく似ているが、(以下略)」と書かれています。


カサゴケモドキ カサゴケ
1茎の葉の数 20~50枚 16~21枚
葉の形 倒卵形~楕円形 へら形~倒卵形
葉縁(中部以下) 強く反曲 弱く反曲
葉先 広く尖る(90~120度) 鋭頭(65~100度)
中肋 葉先に届く~短く突出 ふつう葉先に達しない
中肋断面の
ステライド
ツクシハリガネゴケより
発達が悪い
発達はより悪い

 ところで、蘚類の同定時に比較的入手し易くよく使われている図鑑として、野口による『 Illustrated Moss Flora of Japan 』と 平凡社の『日本の野生植物 コケ』があります。 前者は全5巻で、ハリガネゴケ科は2巻にあり、1988年の発行です。 平凡社図鑑の初版は2001年の発行で、新しく記載された種名などには(新称)と書かれています。 野口図鑑にも載せられている種で平凡社で(新称)とされている種はたくさんあります。 ところが、平凡社のカサゴケモドキは(新称)となっていないにもかかわらず、野口図鑑にはカサゴケモドキは載せられていません。 つまりカサゴケモドキは野口図鑑以前にも認識されていたが、野口図鑑ではそれを認めず、カサゴケと同種として扱っていたのでしょう。 そして上の表からすると、野口図鑑のカサゴケの図はカサゴケモドキの図のようにみえます。
 平凡社では、カサゴケとカサゴケモドキとの関係は、変種でも亜種でもなく、別種として扱われています。 そしてどうやら両種をいちばん明瞭に区別できるのは、葉の中肋断面のステライドのようです。 しかし、「発達が悪い」と「発達がより悪い」の違いが具体的にどのような違いなのか、図を探してみたのですが、みつけることはできていません。
 私の見聞きした経験からすると、暖帯で見られるのはほとんどがオオカサゴケで、カサゴケモドキは落葉樹林下で見られるが稀、カサゴケは多雪地帯に見られるが非常に稀なようで、私もこれまでカサゴケに出会ったことは無いと思います(採集品を見直していてカサゴケがあればうれしいのですが・・・)。 なお、このようにカサゴケは極めて稀なはずなのですが、上記のいろいろなことが関係しているのか、カサゴケモドキは環境省の絶滅危惧Ⅱ類になっていますが、カサゴケは絶滅危惧種のリストには載せられていません。

 以上のことを踏まえて、今回のコケを、上の表と見比べながら検討していくことにします。

 葉の枚数は、小さな葉があったり葉がくっつきあったりして、なかなか難しいものです。 正確には葉を全部バラバラにして並べればよいのですが、そこまでする必要性も感じず、実体顕微鏡下で数えたところでは、20枚ほどでした。 葉の形は倒卵形です。

 上は葉縁付近の横断面です。 反曲の程度の「強く」と「弱く」の判断は比較対象が無いと難しいのですが、この程度なら「強く」と判断して良いと思います。

 中肋は葉先から短く突出し、葉先の角度は 104°でした(上の写真)。

 上は中肋の横断面です。 前に載せたカサゴケモドキの中肋の横断面(こちら)と比較すると、上の方が少し発達が悪いのですが、変異の範囲内のように思います。

 以上の結果からも、カサゴケモドキとカサゴケの違いは微妙であることが分かりますが、とりあえず、今回調べたコケはカサゴケモドキ Rhodobryum ontariense としておきたいと思います。

(追記) 上記記事の参考となるよう、ツクシハリガネゴケの葉の中肋断面と葉縁の断面をこちらに載せました。

2025-08-23

マルバツヤゴケ

 写真はマルバツヤゴケ Entodon concinnus subsp. caliginosus でしょう。 石灰岩上にありました。

 茎は羽状に分枝しています。 上の写真の背景は1㎜方眼ですので茎の長さは約6cm、平凡社では茎の長さは10cm前後になるとあります。

 葉には光沢があります。 枝葉は茎葉より小形で細長くなっています。

 上は茎葉です。 和名のとおり、よく見るヒロハツヤゴケより円みがあります。 翼部が暗いのですが、その理由は・・・


 上の2枚は別の葉の翼部ですが、いずれも翼部の細胞は重なって見えます。

 上は翼部の横断面です。 翼部は2~4細胞層の厚さがあります。

 上は葉身細胞です。

(2025.8.18. 伊吹山)