2025-08-24

カサゴケとカサゴケモドキとツクシハリガネゴケ

 伊吹山で 2025.8.18.に見た上の写真のコケ、ツクシハリガネゴケだと思ったのですが、確認のため持ち帰って調べたところ・・・



 ツクシハリガネゴケ(以下、「ツクシ」とします)は株立ちですし、茎は密に仮根で覆われますが、上の写真を見ると、茎の下部が地下茎状に地中をはっていたようですし、茎の仮根もそんなに多くありません。 さらに・・・

 葉縁が反曲し上部に歯があることはツクシと同じですが・・・

 ツクシの歯も単生ですが、上の写真より小さな歯ですし、ツクシには舷があるのですが、上の写真には舷はありません。

 以上の観察から、このコケはハリガネゴケ属のツクシハリガネゴケ Bryum billardieri ではなく、カサゴケ属( Rhodobryum )でしょう。

 カサゴケ属には、オオカサゴケカサゴケモドキカサゴケの3種があります。 このうちオオカサゴケは葉縁の歯が双生ですので、今回のコケではないのですが、この機会にこの3種の関係を整理しておきたいと思います。
 オオカサゴケは、コケテラリウムによく用いられ、栽培も盛んに行われているのですが、多くの場合、テラリウム内で新しく伸び出したオオカサゴケは小形になります。 そのようなこともあってか、コケテラリウム作家やコケの流通業界ではカサゴケ属3種を区別せずに「カサゴケ」としたり、オオカサゴケをカサゴケと呼んでいることも多くあります。
 カサゴケとカサゴケモドキについても、下は平凡社の図鑑から違いを抜き出してにまとめたものですが、違いは微妙です。 平凡社のカサゴケの解説文にも、「前者(カサゴケモドキ)に非常によく似ているが、(以下略)」と書かれています。


カサゴケモドキ カサゴケ
1茎の葉の数 20~50枚 16~21枚
葉の形 倒卵形~楕円形 へら形~倒卵形
葉縁(中部以下) 強く反曲 弱く反曲
葉先 広く尖る(90~120度) 鋭頭(65~100度)
中肋 葉先に届く~短く突出 ふつう葉先に達しない
中肋断面の
ステライド
ツクシハリガネゴケより
発達が悪い
発達はより悪い

 ところで、蘚類の同定時に比較的入手し易くよく使われている図鑑として、野口による『 Illustrated Moss Flora of Japan 』と 平凡社の『日本の野生植物 コケ』があります。 前者は全5巻で、ハリガネゴケ科は2巻にあり、1988年の発行です。 平凡社図鑑の初版は2001年の発行で、新しく記載された種名などには(新称)と書かれています。 野口図鑑にも載せられている種で平凡社で(新称)とされている種はたくさんあります。 ところが、平凡社のカサゴケモドキは(新称)となっていないにもかかわらず、野口図鑑にはカサゴケモドキは載せられていません。 つまりカサゴケモドキは野口図鑑以前にも認識されていたが、野口図鑑ではそれを認めず、カサゴケと同種として扱っていたのでしょう。 そして上の表からすると、野口図鑑のカサゴケの図はカサゴケモドキの図のようにみえます。
 平凡社では、カサゴケとカサゴケモドキとの関係は、変種でも亜種でもなく、別種として扱われています。 そしてどうやら両種をいちばん明瞭に区別できるのは、葉の中肋断面のステライドのようです。 しかし、「発達が悪い」と「発達がより悪い」の違いが具体的にどのような違いなのか、図を探してみたのですが、みつけることはできていません。
 私の見聞きした経験からすると、暖帯で見られるのはほとんどがオオカサゴケで、カサゴケモドキは落葉樹林下で見られるが稀、カサゴケは多雪地帯に見られるが非常に稀なようで、私もこれまでカサゴケに出会ったことは無いと思います(採集品を見直していてカサゴケがあればうれしいのですが・・・)。 なお、このようにカサゴケは極めて稀なはずなのですが、上記のいろいろなことが関係しているのか、カサゴケモドキは環境省の絶滅危惧Ⅱ類になっていますが、カサゴケは絶滅危惧種のリストには載せられていません。

 以上のことを踏まえて、今回のコケを、上の表と見比べながら検討していくことにします。

 葉の枚数は、小さな葉があったり葉がくっつきあったりして、なかなか難しいものです。 正確には葉を全部バラバラにして並べればよいのですが、そこまでする必要性も感じず、実体顕微鏡下で数えたところでは、20枚ほどでした。 葉の形は倒卵形です。

 上は葉縁付近の横断面です。 反曲の程度の「強く」と「弱く」の判断は比較対象が無いと難しいのですが、この程度なら「強く」と判断して良いと思います。

 中肋は葉先から短く突出し、葉先の角度は 104°でした(上の写真)。

 上は中肋の横断面です。 前に載せたカサゴケモドキの中肋の横断面(こちら)と比較すると、上の方が少し発達が悪いのですが、変異の範囲内のように思います。

 以上の結果からも、カサゴケモドキとカサゴケの違いは微妙であることが分かりますが、とりあえず、今回調べたコケはカサゴケモドキ Rhodobryum ontariense としておきたいと思います。

(追記) 上記記事の参考となるよう、ツクシハリガネゴケの葉の中肋断面と葉縁の断面をこちらに載せました。

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