この記事は、当初タイトルを「イボヒシャクゴケ?」としていましたが、文も書き改め、タイトルを上のように変更しています。
上は京都市右京区の京北上弓削町で採集されたヒシャクゴケ科のコケです。 「苔類だけのコケ展」の日、このコケをみんなで顕微鏡観察していると、そのうちの1人が、細胞表面の著しいいぼ状ベルカ(後述)の存在に気づきました。
平凡社のヒシャクゴケ科の検索表を見たところ、このようないぼ状ベルカがあるのはイボヒシャクゴケ Scapania verrucosa だけのように思えます。 みんなでイボヒシャクゴケで正しいのかどうか、検討することにしました。
分枝の様子を観察したところ、側面からの分枝ばかりのように思います(上の写真)。 イボヒシャクゴケなどのヒシャクゴケ属(Scapania)の分岐は、側面からもしますが、おもに腹面からです。 側面からのみであればシロコオイゴケ属(Diplophyllum)のはずです。
古い花被が少し残っていました(上の写真)。 ヒシャクゴケ属であれば、花被は背腹に扁平であるはずですが、上の写真ではやや扁平ぎみではあるものの、円筒形です。
葉を含めた茎の幅は約 1.5㎜です。 葉は円頭~鈍頭で、中部で鎌状に曲がっています。 葉の基部は長く下延しています。
葉は腹縁下部を中心に所々に歯があり、ビッタは認められませんでした(上の写真)。 背片は腹片の約1/2の長さです。 キールは明瞭ですが、翼はありません。
上は葉身細胞です。 写真の左上に少しいぼ状ベルカが写っていますが、焦点を少しずらすと下のようになります。
葉身細胞の表面には著しいいぼ状ベルカがあり、これに焦点を合わせると(上の写真)、細胞の形が全く分からなくなります。
上は腹片の断面です。 いぼ状ベルカは背腹両面にあります。 なお、背片の断面も同様でした。
上は無性芽です。 無性芽にはパピラがあり、赤い矢印の無性芽が比較的よく分かりますが、2細胞からなっています。
「イボヒシャクゴケ」で検索すると、狩野・佐治(2016)がありました。 読むと、特徴はほぼ一致しているように思えます。 平凡社では産地は埼玉県秩父のみになっていますが、その後、長野県大鹿村でも確認されており、これが日本で3番目の報告となります。
学名でも検索しました。 YU.S. MAMONTOV & A.D. POTEMKIN (2013) には詳細な図が載せられていて、無性芽を除けば大きな相違点は無いように思います。 この図の無性芽は、2細胞性ですがパピラがありません。 しかし、Choi, Bakalin & Sun(2012)の無性芽を集めた写真を見ると、Scapania verrucosa のものとして、パピラの無い無性芽とパピラのある無性芽の両方が載っています。
文献からはScapania verrucosa としても良さそうですが、上記のようにシロコオイゴケ属の特徴もあり、特にマルバコオイゴケによく似ています。
-----(以下、2025.6.26.追記)---------------------
上記の記事を書いた後、現地を数回訪れて調査したところ、広範囲に分布していることを確認しました。 稀な種としては多すぎるので、やはり上記のコケはマルバコオイゴケで、マルバコオイゴケにもいぼ状ベルカがあるのではないかとの考えが強くなってきました。 他のヒシャクゴケ科のコケでもいぼ状ベルカがあるのかもしれないと思い、ノコギリコオイゴケを調べたところ、これにもありました。 ここまで書いて、ウニバヒシャクゴケにもいぼ状ベルカがあったことを思い出しました(こちら)。 改めて平凡社の種別解説を読むと、他にもトゲハヒシャクゴケなど、いろいろな種でいぼ状ベルカが見られるようです。
狩野・佐治(2016)の標本は大阪市立自然史博物館に収蔵されています。 6月24日、この標本とマルバコオイゴケの標本を調べることができました。 その結果、上記はやはりマルバコオイゴケで、イボヒシャクゴケとは明らかに異なります(こちら)。 改めて標本の大切さを実感しました。
いぼ状ベルカはイボヒシャクゴケ以外のヒシャクゴケ科にも見られることがわかりました(思い出しました)。 またこのことと関連して、YU.S. MAMONTOV & A.D. POTEMKIN (2013)の内容には疑問が残ります。
【 文献 】
狩野登之助・佐治まゆみ:イボヒシャクゴケは徳島県にも産す.蘚苔類研究11(7).2016.
YU.S. MAMONTOV & A.D. POTEMKIN:Scapania verrucosa Heeg (Scapaniaceae, Marchantiophyta) in Russia. Arctoa (2013) 22:145-149.
Choi, Bakalin & Sun:Scapania and Macrodiplophyllum in the russian Far East.Botanica Pacifica. A journal of plant science and conservation. 1, 31–95.2012.