2020-09-17

ハリスギゴケの観察 ① 葉を中心に



 写真はハリスギゴケ Polytrichum piliferum です。 上は雨の中で撮ったので、葉はよく開いています。今回は本種の観察をとおして、高地の厳しい環境下に生きる工夫(構造と機能)について、2回に分けて考察してみようと思います。
 上の写真では、蒴柄だけになってしまった古い蒴も多く、葉の中心部にある橙色をした細長いものは、伸び出しはじめた新しい胞子体 (を包む帽の毛) ですが、これらについてはに書くことにします。


 葉は少し乾き気味になると、上のように葉を茎に密着させてしまいます。 葉の長さは4~5mmありますが、そのうちの1/2~1/3は透明な芒です。
 この芒の働きの1つは、霧がこの芒に触れることで水滴となり、芒を伝って葉の間に浸み込むことが考えられます。 その他、紫外線を散乱させて葉の組織を守るとも言われていますが、本種の場合はこの細い芒がそのような働きを持てるのかどうか、私は疑問に感じます。 他にも何らかの働きを持っているのかもしれませんが、いずれにせよ、厳しい環境に育つコケには、このような芒を持つものが多いのは事実です。
 なお、写真のハリスギゴケの育った環境は、本種としては良い環境だったようで、たくさんの葉がついています。 もっと厳しい環境では少数の葉が茎の上部に集まり、こちらのような姿になります。 また、岩の隙間などで環境の厳しさが緩和されると思われる所に育つ本種の姿をこちらに載せています。
 上のように葉が茎に密着すると全体が赤黒く見えます。 この色に関しても、で触れる予定です。


 上は1枚の葉を腹面(=茎に向かう側)から見ています。 葉は卵形の葉鞘部(上の写真の左下)から披針形に伸びています。 この披針形に伸びた葉身部は薄い半透明の膜に覆われています(葉鞘部のすぐ上を見ると、そのことがよく分かります)。
 この葉の横断面を見たのが下です。


 スギゴケ科ですので、薄板(lamella)が並んでいます。 本種の葉はとても厚く感じるのですが、その理由は葉の幅に比べて薄板がとても高いからで、上の写真でも6~8細胞あります。 葉身部の縁は広く折れ畳んでこの薄板を覆っています。 上で「薄い半透明の膜」と書いたのは、この葉身部の縁です。 このような切片をいくつか作ったので、上の写真の左には別の切片の葉身部の縁が紛れ込んでしまいました。
 色から分かるように、本種の光合成は主に薄板で行われます。 そしてこの薄板は腹面に、つまり茎に面する側にあり、葉が茎に密着している普段の状態では、光の当たる反対側になります。 本種の生育環境は高地の日当たりの良い場所で、上記のつくりは光合成する場所を強い紫外線から守ることになるように思われます。 また葉を開いた状態でも、薄板の上を覆う葉身部の縁が強い紫外線を反射する働きをしているように思います。
 薄板の上を覆う葉身部は、薄板と薄板との間にある水分を逃がさないようにして、できるだけ長時間光合成ができるようにする役割もしているのでしょう。


 薄板の端細胞の形はそれぞれの種で特徴があります。 本種やスギゴケなどの端細胞はフラスコのような形をしています(上の写真)。


 上は芒の基部で、プレパラートを押すと上の写真のように基部が左右に分かれました。 芒のベースは中肋が伸び出したものでしょうが、もしかすると葉身部の左右の縁が葉の中央に来ているつくりが、そのまま伸びて中肋と融合して芒になっているのかもしれません。
 芒の表面は荒く、パピラのような突起も見られます。 上に書いた、霧のような細かい空気中の水滴を捕らえるのに都合の良いつくりのように思います。

(2020.9.1. 北海道 千歳市)