2020-09-18

ハリスギゴケの観察 ② 胞子体を中心に


 昨日に続いて、ハリスギゴケ Polytrichum piliferum の高地の厳しい環境下に生きる工夫を、今回は胞子体を中心に探ってみたいと思います。
 上は 2020.9.1.の撮影ですが、古い胞子体と新しく伸びはじめた橙色の胞子体(後ろに書くように、ほんとうの胞子体はこの中にあり、見えていませんが、便宜上「若い胞子体」としておきます)が同居しています。 伸びはじめている胞子体はこのまま冬を迎え、雪の下でじっと耐え、この地では胞子を飛散させるのは初夏の頃になると思われます。 そしてほぼ同時期に前後して別の株で受精が起こり、受精卵から新しい胞子体が作られ始めるのだと思います。


 上は古い蒴です。 日本のスギゴケ科は5属に分類されていますが、多くの種が含まれる属としては、コスギゴケなどが分類されている Pogonatum(ニワスギゴケ属)と、オオスギゴケやウマスギゴケなどが分類されている Polytrichum(スギゴケ属)が挙げられます。 上のように縦に稜があって角柱状の蒴を持つのは Polytrichum(スギゴケ属)の特徴です。

 さて、ハリスギゴケにとって大切にしたいのは、受精という困難を乗り越えて作られた次の世代を託す若い胞子体でしょう。 厳しい環境にあって、1枚目の写真でも若い胞子体を守るように多くの葉が取り囲んでいます。 下の写真は、この周囲の葉を取り除いて撮った写真です。


 若い胞子体に数枚の葉がぴったりくっついています。 この張り付いている葉は"普通"の葉とは異なっています。 "普通"の葉は、 で見たように、横断面で薄板のある中央部分は、広く折り畳まれた薄板の無い葉縁部に覆われています。 ところが上の写真の葉では、薄板の無い葉縁部は、薄板のある緑の部分を覆わずに、若い胞子体に張り付いています。 このような通常の葉とは形態の異なる葉を「雌包葉」と呼んでいます。


 上は雌包葉も剥がして並べて撮った写真です。 今まで「若い胞子体」と書いていたものの表面は細い繊維の集まりであることが見えてきました。 雌包葉はこの繊維の束を包み込んでいたようです。


 この繊維状のものを裂くと、中から細い棒状の若い胞子体が現れます(上の写真)。 この繊維状のものは、蒴柄が伸びた胞子体では、蒴をすっぽり覆う毛として見る事ができるものです。 それにしても、よく見る蒴を覆う毛に比較すると、かなりの厚さです。 冬季の寒さから若い胞子体を守るしくみだと思います。
 もうひとつ重視したいのは、この赤い色です。 この色はたぶんアントシアニン系の色素によるものでしょう。 この色素の光吸収帯2ヶ所のうちの1つは、生物にとって紫外線のなかでも最も有害なUV-B域です。 この色素をたくさん持つことで、高地の強い紫外線をここで吸収してしまい、大切な部分を守ろうとしているのでしょう。 なお、①で書いた、古い葉の背面が黒っぽい色であるのも、この色素によるものだろうと思います。

(2020.9.1. 北海道 千歳市)